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あらためて定家に向き合いたい。

花さそふ比良の山風吹きにけり
こぎ行く舟の跡みゆるまで

宮内卿

この歌を初めて知ったのは高校古文の授業だった。
情景描写のあまりの美しさに授業後感動を先生に伝えた。「絵画的だよね」古文の先生は言った気がする。

内に帰って父にもこの歌の素晴らしさを語ると、
新古今だろう?定家はあまり好きじゃないと言っていた。

20年くらい前の藤原定家のイメージはあまりよくなかった。だが、最近は中世の神格化の虚飾をとりさり改めて日本の中世時代の美の文化の創造者として見直そうとする動きが強くなっているようだ。

桜の花をはらはらと散らす比良山おろしが吹いて
湖面は花びらで埋め尽くされている。
そこを通る艫舟の航跡がくっきり見える程である。
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四十雀(しじゅうから)

長年の謎が解けた。
四十雀という鳥らしい。
近所のおうちの竹林をねぐらにしている。
竹林に住むなんて舌切り雀の昔話みたいだと
思っていたが、どうも雀のような茶色い体ではない。

体色はおしゃれな黒白のツートンカラーで、
黒のスーツに白いネクタイをしているようにも見える。
横着せずに調べればネットで出てくる。

名前を知れば歌にも詠めるというもの。

魚紋で一首

鳥も月も笑はば笑へ手のひらの小さき魚紋にすがる我が身を

小指の下に結婚線に連なる形で出ています。
いまだ薄かったり消えたりします。
フィッシュとしてはっきり濃く出て欲しいです。
シマになるのはいやだなあ。

身を引くにしても、進むにしても
その人の一番望むように生きていければいいなあ。
忍ぶ恋こそ武士にとって最高のもの。

ご縁とか、タイミングとか難しいものです。

「暗算の達人」なる本を買う。

ちゃんとした(典拠や正確な引用がなされた)記事をしばらく書いていない。
ホームページ化も整理も全く進んでいない。
しかし、はや極月の師走である。

平成の御代もまもなく終わろうとしている。
安倍政権はモリカケ疑惑をどうやら乗り切ったらしい。
すっきり解決した訳でも、政権がうまくさばいた訳でもない。

ただただ、問題が次々に現れては
世間の耳目はそれを流されるままに見ている。
いいとこどりで物分かりがよく見せているが
個人主義というより利己的なリベラル派の
精神世界軽視のつけであろうし、
また、今の安倍政権の在り方を「是」とする人々は
売国の片棒を担ぐようなもので。。。
はっきり言えば日本国が詰んでしまった。

歴史ある我が国が滅び行く時代に
立ち会うとは幸か不幸か分からない。
不吉な事をいうなと考える方々は率直に頑張ってほしい。

絶望的局面を打開する為には
不滅のシンボルたる不落の孤塁が必要だし、
別動隊の助けも必要だ。

前者は不屈の姿勢を相手に示すため
後者は仲間を集めるためである。

この倒すべき真の相手を。。。
私はニヒリズムではないかと最近考えている。
ニヒリズムのカオスが世界を飲み込み、
人間存在のアイデンティティーを脅かしている。

勢い人間は拝金主義に走り、
精神は貧困になり、
若者は生存実感が稀薄となって
生気を失っている。
(しかし、鬱屈としたパワーはマグマのように蓄積されている)

こう書いて私は未来を悲観はしていない。
国家ととらえれば嘆かわしい状況だが、
変えられる唯一の存在がある。
他ならぬ自分自身だ。

批判をするのは簡単だが、
ようは己の頭の蝿を追えという話である。
そこには、無限の沃野が広がっている。

恐らく日本国は日本国民一人一人が
人間としての生気を取り戻せば
自ずと国家に和は生まれ、好循環が起こるに違いない。

そんな思いで、盛岡の書店の書棚を眺めて歩いた。
法学、文学、右派の思想書などが目に留まる。
今の私にはどれを買うのもカネの無駄に思われた。

数学書の書籍に目が行く。
高校時代、順列組合せの授業で
先生が「もれなく、重複なくだぞ!」
と強調していた事を思い出した。

今さら国立大にでも入るのか?
心中には冷笑的な私がいたが、
「これだ」と興奮するもう一人の私がいた。

合理的思考力。
この教養を身に付けねば、
他の教養も合理的に身に付けることは出来ない。
数学は何が苦手かというと、
定理公式を暗記すること暗算で計算ミスばかりする事であった。

特に暗算は苦手中の苦手である。
税抜き1500円。
さてこの投資生きるか無駄になるか
未来の自分に聞いてみたいものだ。




右手の結婚線に魚紋あらわる。

気のせいだろうか?
しかし、魚紋らしきものさえめったに出ない。
汚く出るのはただのシマで結婚関係の障害でしかない。
はっきりといかにも幸運のオーラを放つような雰囲気の
魚紋が良いのだそうだ。

はっきりと今後は浮き出てくれないものか?
意中の人がおぼろげでもいるときは
藁にもすがる思いだ。

でも、その人ではないかも知れない。
近々新しい出会いが待っていると信じたい。
焦らずとも占いに頼らずとも真面目に頑張っていれば
そのうち幸運も訪れるとは思うが、
身悶えするように恋に苦しむのも煩悩とはいえ、
楽しいことでもある。

月やあらぬ春や昔の春ならぬ
我が身一つは元の身にして

在原業平

悲しい恋があればこそ
良い歌も詠めるというものだ。

ざるにはざるの役目がある。

ざるにはざるの役目があると思います。

ざるは鉢のように何かをもれなく溜められない。
しかし、ざるは水をきったり
不要な小さな物を穴から逃がして
必要な大きな物だけ残すことが出来る。

ざるは鉢にはなれないですが、
使い方が違う。

私はざる頭ですから、頭の使い方を考え直そうと思います。

そうだ、地球が何個もあれば良いんだ。~神の恵みか悪魔の囁きか~

現代の経済発達した先進国のライフスタイルでは
地球が1つでは足りず、2個3個増やさないと維持できないと言われています。

しかし、現代科学の水準では1000年2000年スパンでないと宇宙への進出はまず無理です。
ところが、ヴァーチャルリアリティーの世界ではそれが可能です。

仮想空間を現実世界と同じようにこしらえて
その中で、人間は自己実現を目指す。
物質的な欲求をバーチャルな価値を得ることに置換する。そうすればリアルな世界では少欲知足で多くの人と 限りある資源を大切に分かち合えます。

しかし、このアイディアは恐ろしい懸念を持っています。それは魔王の所行です。
一部の人がリア充になり、その他大勢にはバーチャルな欲望で惑わせて感覚を麻痺させ、永遠に奴隷にしてしまうことです。

バーチャルリアリティを考えるとき
私は何故か華厳経に説かれている他化自在天を想起してしまいます。

食べ物は食べなくても食べられたり、
セックスは互いに目を合わせるだけで同じだけの快楽が得られ、子供は念じれば膝の上に現れる。

欲望の塊のような人間にとっては憧れのパラダイスのようですが、阿弥陀如来の極楽世界のように全てが平等で清らかで安らぎの中に暮らす世界とは大きく異なります。

他人の欲を自在に我が物とする他化天の大魔王が存在するのです。(ちなみに他化天は物質世界の最上位層に位置し、有頂天とか下から数えて六番目なので第六天などと呼ばれます。だから織田信長が第六天魔王と恐れられましたがこの異名にはこのような由来があったのです。)
ここに転生したいと願う者は大変な善行を積んだり苦行したりしなければ生まれられませんが、
生まれたとしても、他化天の魔王の家来にならねばなりません。また、他化天の魔王自体に転生したいのであれば、それはまた、格別の努力辛抱がそのいのちに求められるでしょう。

ところが、源信僧都の往生要集には、
他化天の大魔王の臨終の際の非常な苦しみが
描かれています。
楽しい思いをしてきた分死ぬのは苦しく、
悪臭を体から放つので家族も近寄れず
孤独と他化天での快適な暮らしを失うことの恐怖や
次に生まれる世界への不安に苛まれて
長く苦しんで死んでしまいます。

だから、他化天は壮麗な世界ではありますが、
浄土ではないのです。

しかし、この他化天の宮殿に入られて
究極の教えを説かれた仏様がおられます。
ビルシャナ如来です。
奈良の大仏様です。

どのような教えを説かれたのか失念しましたが、
真言宗の本尊である大日如来も他化天の宮殿で
教えを説かれたました。
そのお経が理趣経です。

大日如来はマハーバイローチャナ、
ビルシャナ=バイローチャナなので
大ビルシャナ如来ということになります。

この仏様は不思議な仏で
悟りを開いている仏陀であるにも関わらず
菩薩のようにきらびやかな装身具を身に付けています。
顔つきも口が突き出て目が鋭く、
穏やかというより、怖い顔をしています。
衆生の救済の方法を真剣に考えている表情だとか
仏法全体を守護する為に睨みを聞かせている顔だとか
言われているようです。

このバイローチャナ仏は仏様の力が太陽のように偉大なものであると象徴しているのですが、
どうもモデルは太陽神だったようなのです。
それもインドでは非天とされ天界から追放された
アスラの王です。アスラ王にヴィロチャーナとよばれる者がいて仏典に登場するそうです。

このアスラはインドではブラフマンとかインドラとか
の神々の敵役になっていますが、
なんとペルシアでは立場が逆転します。
アスラはペルシアでは神と崇められていました。

ヴィロチャーナはすなわち
ゾロアスター教の光の全神アフラマズダと
同じであるということになります。
後期仏教である密教が発展する中で
非天だったはずの太陽神が
仏の悟りをえて大日如来になる過程は
大変興味深いところですが、
この大日如来の精神で新しいバーチャルの世界を切り拓かなければ人類の未来は他化天の大魔王に牛耳られてしまいます。

太古の世界宗教であるゾロアスター教の概念は、
仏教、原始ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に様々なインスピレーションを与えました。

この裾野の広い精神世界を共通基盤として
未来の世界を考えれば、
他化天の大魔王も道理を悟り協力してくれるのではないかと思います。



唯識三年倶舎八年

唯識論を学ぶ為には、倶舎論を八年かけてまず学ばねばならない。
すると唯識論を三年で学べぶことが出来る。

仏教の世界の言葉ですが、
全てに通じると思いました。

学業を怠ると損をします。
教養を身に付けないと物事が正しく
スムーズに理解できません。

資格を身に付けようと、
宅建の勉強をしましたが、
全くの苦痛で、しかも頭に入らない。
どうやら民法が大事である。
民法を勉強する。
しかし、学習習慣を身に付けていない私は
全く歯が立ちません。
いろいろな分野の知識をかじってはみるものの
浅薄な知識しか身に付きませんでした。

愛国心に目覚めたのは震災以後です。
郷土の一地域のみでは物事は解決しないと
痛感させられたからです。
折しも民主党政権が国民の批難の内に崩壊し、
安倍晋三総理が「救国の宰相」として華々しく復活した頃にネットの動画や三橋貴明氏の経済本を買って
日本が良くなるにはどうしたらよいか、
勉強したくなったのでした。

保守派の論客と呼ばれる人達が反対を大合唱したにも関わらず消費税が5%から8%に上がったのをきっかけに
保守派の内ゲバが始まったように私には見えます。
リフレ派対ケインジアンの分裂。
親安倍派と反安倍派との分裂。

東京都知事選に出馬した田母神俊雄氏の金銭スキャンダルが発覚した後は、
いてもたってもいられなくなり
憂国のサイト、陰謀論的ネトウヨサイトを立ち上げました。

どこでもそうでしょうが、特に我が国では政治に関しては無色な方が人付き合いも商売もうまく行きます。
(世界史的に優れた商業民族は政治には関心を持たず強者に依存する事によって商売の自由を獲得してきました。)
何らかの商売を一生の生業としたい私にはこのサイトは
黒歴史以外の何者でもないかも知れない。

しかし、世界が狭くなった現代において
政治的な見解をしっかりもって、しかも平和的に
紛争解決にあたり、新しい秩序を構築しなければ
人類の永続的発展は望めないと私は思います。

私にはネットを中心とする保守論客の主張に
その解決策があると信じていました。
しかし、このサイトを書くようになってから
他人の受け売りではいけないと裏取りをするようになりました。

ここで、保守論客一人一人の主張の違いが分明になり
また、ブック左翼と括られるような進歩的、戦前日本全否定的言論に改めて接したりして、私はいよいよ分からなくなりました。

一体誰の言っていることが正しいのだろう?
(まあ、私は仏教徒なので仏様の見解が
正しいと信じているのですが、)
いよいよ自ら学ばねばならないという
思いが日一日と強くなっています。

私の身の上自体が轍の鮒であり
枡一杯の水を求める事に専心すべきかも知れません。
しかし、江河の水を引く事を誰かが試みなければ、
今の日本の窮状を根本から解決する事は難しいのではないでしょうか?

迂遠なやり方ですが、
迂をもって直となすと兵法の言葉にもあります。

私は春望の詩は好きですが書写した事はありませんでした。
今日書写して初めて末尾の
スベテシンニタエザラントホッスのスベテの字が
渾(こん)である事に気付きました。

渾身の一撃の渾です。
体の力を全て使って一撃を加える
というニュアンスに初めて気づいたのでした。

結局私が少ししか知識を身に付けられないのは、
若かりし頃の教養が不十分だからであって
逆に教養を先に身に付ければ、いかなる分野の知識も
それなりに身に付ける事が出来るであろうと
考えています。

巨大な陰謀の存在を明らかにすることも
アメリカ歴代大統領もアメリカ建国植民地も
ヨーロッパ史、日本史の記事が全く進まないのも
当然のことなのでしょう。

迂遠ではありますが、
馬鹿な私の身の丈にあった記事を書くことから
始めなければなりますまい。
それしか道はないので仕方がない。

短歌 初冬の空

柿の木も銀杏の枝も際立てど
際もはかれぬ空の青さや

駄洒落だよ。

北方謙三「水滸伝」曙光の章 読了

100ページで挫折病は免れた。
ストーリーは面白いし、歴史物だ。
読めたのは歴史好きな自分には当然かも知れない。

だが、340ページを朝6時から読み初めて
昼前の11時半に読み終えたのは収穫だった。
毎時70ページ。遅いと思う。
だが、200ページあたりで疲れてきたのを
何とか休まないで読みきれた。

「一冊読みきる」ことが一番うれしい。

内容は、面白かった。
世の中の変革(大宋国自体の転覆を含めた) を志す
男達の物語だ。
その視点は北方さん独自の新しい視点だと感じた。

歴史的事実や従来の水滸伝では
梁山泊に集った108人の豪傑達は、
世直しは志しても、宋王朝自体を引っくり返そうとしたとは私には思えないが、
遠大な理想を胸に抱き、広いシナ大陸を躍動するドラマはとても魅力的だ。

キャラクターも皆、一人一人が際立っている。
史進や林沖、宋江、魯智新などもかっこいいが、
鮑旭や白勝、安道全など愛すべき好人物だと思った。
史進に縛られた陳達の叫びに、私は溜飲を下げた。

遠大な理想や志を
最初はわずか数人で立ち上げて
いかにして無から有を生じさせていけば良いのか?
この小説にはそのような事柄のヒントもあるかも知れない。

私にはタイムリーな作品である。



だるくなった時の症状

うつ病というより、
新型うつ病だと思われるが、
手足が鉛の重りを付けたように重くなる。

そうなると動くのも億劫になり
寝ても寝ても眠い。
芯から寝ていないので起きている時も頭が重い。
また、運動不足にもなるので体力は落ちる。

端から見たら怠け者にしか見えない。

うつ病はない。
とか
新型うつはただの甘え
とか
いう人の意見や本を見ると
絶望する。

やっぱり俺はただのダメ人間なんだと思ってしまう。

間違ってはいない。
だが、病気ではないとして。。。
どうやって立ち直ればよいか分からない。
山寺に強制的に修行に行かされれば直るのか?

山寺を逃げ出すか、山寺でも自分の空に籠るのではないか?
また、山寺では立ち直れても修行を終えた途端に元に戻る。
など、本質的に解決しないように思われる。

分からない。

ダメ人間による「立直り」への考察

現役のダメ人間にとって、
元ダメ人間の「立直り」成功談は薬にもなるが毒にもなると思う。

人間は比べたがる生き物だ。
私はかつて自信に満ち溢れる「ダメ人間」だった。
しかし、世の中に出て私の特技や長所はありふれたものであり、辛抱の無さにおいては、他人より絶望的に欠如していると思い知った。

今や失敗体験が束になって私に襲いかかる。
ダメ人間からの脱却なんて俺には無理だ。
部屋の柱に頭を何度もぶつければ死ねるだろうか?
睡眠薬をたくさん飲んで川にでも落ちようか。
重だるくなった体を横たえながら、
どうにもならぬ思案にくれる。

自殺にいたれないのは、勇気もないこともあるが、
仏教的死生観のお陰である。
自殺すれば終わりではない。
来世はもっと苦しいところからスタートする。
それが恐いし、万一死にきれない場合も
恐ろしい障害が残るかも知れない。

そんな打算的な自分であるから、
ダメ人間、クズっぷりは大したものである。
それでいて平凡でありふれたダメさ加減だ。

そんな私に親はよく、
元ダメ人間のサクセスストーリーを聞かせてくる。
奮起を促したり、希望を持てということなのだろうが
私にとっては絶望しか生まれないのが現状だ。

私はエジソンでもなければ、
アインシュタインでもない。
私は日高大輔というダメなおっさんである。
生い立ちも環境も全く違う。
性格も資質も全く違う。

それなのに、
あの人もこうだから、いつかはお前もああなれと
いうのは根本的に間違っていないだろうか?

しかしながら、
元ダメ人間の成功談に勇気をもらう場合もある。
それは、その人となにがしかの共鳴をした時である。
タイミングとか機が合うという瞬間だ。

そしてそういう事は実に稀なことだ。

我が家は比較的信仰心の厚い浄土真宗の家に生まれたので私は幸いだった。
何故か物心つく頃から阿弥陀様とお釈迦様は身近に生活の中にあった。

お陰で世間に迷惑をかけるような犯罪は犯していない。
そのご縁がなければ、もっとやけくそに生きているはずである。

さて、話を戻すが
現役のダメ人間としては
ダメ人間の心情に寄り添ってほしいと思う。
わがままではあるが、
上から目線でああしろこうしろ言うのは逆効果だ。

ダメ人間の心が意気盛んであれば反発心を抱く。
逆に心が傷つき疲れ果てている時は心を固く閉ざされる。
挫折をしたことのない人間、理想に燃えたことのない人間には
ダメ人間はきっと救えない。

ましてや無理解・無責任な世間の目、赤の他人の目は
ダメ人間を死や絶望に追いやる。
つまるところ新自由主義社会とはそんな無理解・無責任な社会ではないか?
新自由主義社会で勝ち抜いた挫折を知らない人間が
上から目線で世界を指導する。

そのような人々が、引きこもりやニートの問題を解決するなど
無理なように私には思われる。

漢文や和歌の美しき調べ

現代の感情は現代語で詠むべきだ。
古い文体に魅力を感じるのは私の物珍しさではないか?

俳句の師にいつだったか指摘された。
そうかも知れない。
復古趣味かも知れないと思った。

だが、正岡子規の俳句や短歌の近代化は
絶対的な善であったのか?
日本的なレトリックの良い面を失った面もあるのではないか?

修辞学は、中世においては1つの教養であった。
しかし、現代社会においては直せつ的な言葉のみ好まれる。
明治の人は漢学や古文の知識が血肉となっていた。
歌謡曲で言えば七五調である。

修辞学が見直される日がきっと来ると私は思う。
そうでないと、言葉が社会のクッション材にならず
逆に凶器になって人間を壊し、傷付けてしまうだろう。

恋歌一首 その二

(ボツ作品)陸奥の駒形様の神社破魔矢を遠く京へ放たん

(平成30年同日追記)
一首で用をなさない歌。
恋歌にもなってない。
矢に除災招福の意味を込めたが、
京の都に弓を放つのは変だ。

君が為信夫を超えて陸奥の地にて励まん武士の道

これならまだしも。

恋歌一首

下手くそな歌だ( ̄▽ ̄;)

空蝉に結ひし縁にありしかど忍ぶ恋路の月ぞ切なき

思いの叶わない恋は、月の光に任せよう。
月の光が愛しき人を優しく導きますように。
かえすがえすも下手くそな歌だ。

自民党に落語議連が出来るそうだ。

是非、落語を勉強して、御党の総裁に
めずらかな酢豆腐を一口なりとも食わしてやってほしい。

落語は素晴らしい。
基本ダメな人が主人公である。
だが、そのダメな人が犯す馬鹿馬鹿しい
失敗にゲラゲラ笑いながら
何度も聞いている内に

処世の知恵や
商売の基本、
人間関係の基本、
者の上手になるための心構え、
人間の悲しき性、
さらには、江戸っ子の粋な倫理観が
知らず知らずのうちに身に付く。

上方と江戸の違いもわかってくる。
商売に関わる落語は上方の方がしっくり来る。
火焔太鼓は鴻池の旦那に買われるより、
大名に買われる方が個人的に好きだ。

とにかく、悪知恵が働く人が出てくる。
猫の茶碗にはハタ師という骨董品の買い付け屋が出てくる。
田舎のお宝を鑑定するといって逸品を
「これは、マズイ代物ですなぁ。」と言って買い叩く。
猫の茶碗はそのハタ師が峠の茶店の主人にいっぱい食わされる噺だ。

長屋の花見も面白い。
貧乏を深刻にせずに笑い飛ばす。
「貧乏長屋の戸無し長屋ってここいらでは有名です」
「寒くったって燃すもんがねえんでみんなで戸板を壊して薪の代わりにしてます。」
呆れる大家に
「今はみんなで天井の方に取りかかってます。」
「晴れた日は星がキレイに見えらぁ。」
と長屋の住人はあっけらかんとしたものだ。

しかし、大家も負けてはいない。
長屋のみんなで花見に行こうと提案するが
ただの莚を緋もうせんに
ほうじ茶を灘の生一本に、
大根の漬物をかまぼこに、
沢庵漬けを卵焼きに見立てて飲もうという。

貧困に対する庶民のささやかな抵抗
しかし、ほうじ茶はどう想像して飲んでも
灘の生一本にはならない。
悲しみの中にしたたかな笑いがある。

与党の先生方には
ぜひとも庶民の悲哀と江戸っ子の粋を
学んでほしいものだ。

と引きこもりのニートがのたまっております。

読書嫌い

今でも読書は嫌いだ。

書くのが好き。
しゃべる方が好きだ。
無教養な人間かも知れない。

火山学者の先生は
良いアウトプットは、良いインプットが必要だと
仰っていた。
(火山や地震の話や研究の大切さと、
それに携わる人の少なさを先生は訴えておられた)

痛切な実感である。
アイディアはあっても具現化する
実務能力のなさを思い知る。
それは単に青春期の自業自得である。

例えば人間の知識は財として扱って良いものか?
一部の人間が優れたアイディアを独占するのは
自らの首を締める事になりはしないか?
それに対する反論として、
そのアイディアを産み出すまでの
労力への報酬をどう補償するのか?
今世界で熱く議論されている事の1つだ。

我々人類は何とか折り合いをつけなければならないが、
程よい妥協点を見出だす為には、
相当な知識と経験を必要とする。
私には手に追えない話である。

恐らく知識・経験共に優れた誰か一人が、
何か試みても解決には至らないだろう。
多くの人が信頼関係を築いて協力し合わなければ実現しないことである。
その信頼関係の核、協力関係の核にその人がならなければならない。
核になるべき人は人格が優れている必要がある。

今の私はどれも足らない。

宮城谷昌光さんの三国志読本によれば
三国の英雄は春秋左氏伝や史記などの歴史書を
必死になって読んでいたそうである。

私の多分に中二病的な志を少しでも実現するためには
嫌でも読書は避けられない。

特にも歴史書、文学書は読まないといけない。
読書嫌いの原因は言葉の意味が分からない事だった。
ゲームやパチンコの文章はサクサク読めるが、
ヴォルテールがどうとか、コアCPIがどうとか
減価償却がどうとか、チンプンカンプンである。

現役の学生には、五教科全部大切に学んでおいて
損はないと、失敗者として助言したい。
理系だから文系科目は、文系だから理系科目は
あまり重要でないと考えるのは早計だ。

私の場合は、
卵が先か、鶏が先かの話になってくる。
言葉を知るための勉強が先か
読書をして言葉を勉強するのが先かである。
だが結論は
「能書きを垂れている暇があったら
どちらかさっさとやれ」
ということになるのは薄々気づいている。

それにしても、
良き師につく事は重要である。
私は数々のご縁に恵まれたが、
みな良き師匠であった。
幸せ者である。
しかし、それを生かせていない。
いつの時も不肖の弟子である。

もし、師とのご縁を大切にしていれば
さらに良きご縁を頂くことが出来たに違いない。
荀子が良き師に出会うために努力しなさいと
説く心はこの辺りにあるのかも知れない。

私の知識は漫画や新聞、雑誌、テレビやインターネット動画や個人のブログで得たものがほとんどだ。
これらは、私にとっては良き師である。
だが、このご縁を更に生かさなければ
更に良き師には巡り合えない。

古今の名著は時空を超えて
目の前の課題を解決する為のヒントを
強い力で語りかけてくる。

読書が趣味と言えるようになりたい。

この文章は愚痴と弁解の塊だが、
自分の気持ちを整理するのには少しは役に立ったかも知れない。

どれ、おしゃべりを止めて
少しは何か読んでから寝ようか。

少女漫画「君に届け」の印象に残るシーン。

君に届けは片想いの恋をしていた時に感情移入して読んだ少女漫画だ。

設定は北海道の地方都市の高校の入学式に道に迷っていた一人の男子に主人公の女子が道を教えたことが出会いとなり、お互いに好意を持ちつつも、
主人公の女子がコミュ障でなかなか両思いにならない
もどかしい日々を描いた爽やかな作品である。

主人公の名は黒沼爽子という名だが、
リングの貞子に似ていると言われてクラスメイトからは
引かれている。
そんな中、入学式の日に爽子に一目惚れした風早翔太は、何とかアプローチを試みるが、
爽子にとっては風早の単なる親切心だと勘違いするところから、物語はキュンと切なくなる方向に進む。

一番好きなシーンは単行本二巻の中にあるが、
次に好きなシーンは単行本三巻のワンシーンだ。
運動音痴の爽子は体育祭の練習でミスばかり連発して
落ち込む、体育教師から個人練習用にサッカーボールを借りようとするが、とりつく島もなく断られとしまう。

爽子は日課の花壇の水やりをしながら、
サッカーの練習法を考えて、
石ころを蹴りだす。

その様子は委員会のミーティングに出席している
風早の教室からも見えた。
幼なじみでずっと風早に思いを寄せる
胡桃沢梅の呼び掛けにも上の空で
風早は、石ころを蹴り続ける女の子を微笑みながらみつもていた。

チャイムがなり、
爽子が我に変えるとサッカーボールが
足元に転がってくる。

風早は爽子にサッカーを教えようとしていた。
爽子は自分の思いをボールに込めて蹴る。

。。。そのときの二人を教室から見つめている
女子がいた。
くるみである。

このシーンの三者三様の思いが
とても切ない。
こんな構図の小説が書きたいと思ってしまう。

フェニキア人、エトルリア人、ギリシア人など

ゲルハルト・ヘルムのフェニキア人を読了した。

レバノンの歴史の奥深さを知った。
フェニキア人の人類史に及ぼした影響力の大きさに
驚かされる。

イスラエルやギリシアやエジプト、メソポタミア、
ローマとの関係史も興味深い。

フェニキアの諸都市はエジプト王国の庇護のもと
レバノン杉を輸出して発展した。
その後、エジプトが衰えると独立し、
ソロモン王の頃のイスラエルのビジネスパートナーとなった。
(この頃起こったフェニキアとイスラエルの決裂は現代に至るまでレバノンとイスラエルの深い対立の溝の淵源になっている)
また、アッシリアに攻め滅ぼされ、ペルシア戦争ではアケメネス朝ペルシアの水軍としてギリシアを攻めている。

レバノンの諸都市はふるわなくなるが
亡命フェニキア人の一派のカルタゴは繁栄し
ローマと覇を競った。

著者によるとストア派のゼノンや
キリスト教父のアウグスティヌスも
フェニキア人であるらしい。

国家は滅びてしまうが、
民族としてはその後も偉大な活躍をしたらしいことは
衰亡著しい日本国に生きる私にとっては
大きな希望と指針を与えてくれる。

改めて、古代史を調べたい気持ちになった。
歴史は古い方から順繰りに覚える方が効率が良いようただ。
ローマ史も面白そうである。

日本人には馴染みの薄い◯◯ニウスという
名前と悪戦苦闘するのも楽しい。

(平成30年11月16日追記)
エトルリア人について記事で触れていなかった。
塩野七生著「ローマ人の物語」によれば
ヨーロッパ大陸内陸部から南下してきた民族、
あるいは小アジアから渡来した民族の説あって
来歴は明らかではないそうだ。

しかし、鉄器製作技術などレベルの高い技術力をもち
人身御供や野獣対人間の競技などの習慣もあったというので、アジア的なルーツのような気がする。
だから私はエトルリア人は小アジア、リュディアから来たのだと思う。

エトルリア人は地中海にも進出した。
ティレニア海とは「エトルリア人の海」を意味するそうだ。
彼らは斜面が急な丘陵に要塞のような都市を建設するのを好んだ。
シエナ、ヴォルテッラ、ペルージア、キュージ、オルヴィエトなどの旧市街や
フィレンツェの町のフィエゾレの丘などがそれにあたる。

驚くべきは、エトルリア人がラテン人の都市ローマの王を三代も輩出した事だ。
すなわち
五代目 タルキニウス・プリスコ
六代目 セルヴィウス・トゥリウス
七代目 タルキニウス・スペルヴス
である。

彼らは、ラテン人にとってはよそ者でありながら
ローマ市民として信頼を集め、エトルリアの高い技術力をローマ人にもたらした。

日本も実は民族的に雑多な人々が
建国に携わったと私には思われる。
卑弥呼の時代などは様々なルーツを持つ人々の
合議政体があったのではなかろうか?
奈良県の纏向遺跡などはその証左のような気がする。

ローマはどうやって多様な民族を束ねたか?
それは法律であった。
我が国が移民を受け入れるのであれば
法律で日本人を定義する必要がある。
そこで初めて移民は地位を確立する。

また、急激な移民、難民の受け入れは
国家を崩壊させる。
だから、開発途上国の援助は大切だ。
そして、援助する邦人の生命財産を守ることも大切である。
赤十字的な立ち位置で援助するべきという意見もあるが、私は丸腰で邦人を送り出すのは限界があると思う。

自衛隊を日本国防衛軍に正式に格上げし、
サイバー、宇宙、核戦争に柔軟に対応できる機構にしてほしい。
予算をどのくらいつけるかはまた、別の問題として。

「良い嘘」は有り得ないけれど~正直主義雑感~

正直主義というのを考えてきましたが、
他者に対して、全て明け透けに言え言えと要求することではありません。

あくまでも自分自身の内外に嘘少ない方がよいと考えます。
真実は最終的に完全に強く、本当の安らぎへ導くからです。

しかし、心の傷の癒えない時は
真実も激痛に感じる時があります。
そのような事柄は無理せずに口を閉ざしても良いと思います。

正直主義は、
嘘をなるだけ少なくするということだと思います。
嘘が多いとそれだけ帳尻を合わすのが大変になる。

チベット死者の書によれば
如来の光は死者にはとてもまぶしく感じられるそうです。
真実とは時に受け入れがたく、痛みを伴うということなのでしょう。

奥宮麻母留の壬午日録2

四柱推命では天干が対外的性格、
地支が内面的性格を示す。

私の命式は天干は円満だが、
地支は矛盾、混沌に満ちている。
内面的バランスは悪く、精神を病みやすい。

だが、
水と火が共になければ煮炊きもできない。
金と木が共になければ道具も作れない。
問題は心の向きだろう。

他人の笑顔が私の内面の良薬である。
であれば、他人の笑顔の為に苦しみ悩めば
いつかは、自らの安らぎとして
返ってくる。

逆に、自我を押し通す道もあるが、
それは破滅の道につながる。

このブログの今後の芯の部分には
前者の精神を据えたい。
そこに保合大和、万国咸寧の道を何とか見いだしたいと思う。

奥宮麻母留の壬午日録

このブログを書いたときは、
如月海中金の劇薬憂国論というタイトルだった。

しかし、如月さんは多くのブロガーさんが既に使われていて、先輩である。
御迷惑にならないように改名した。

筆名の奥宮の姓は先祖が熊野の奥の院玉置神社にゆかりがあるのでそれにちなんだが、
昨日世界不思議発見で鹿島神宮の映像が流れた時
夢の中で鹿島の奥宮の参道を散策した記憶があり、
驚いた。

有名な神社でテレビの記憶が残っていたにしても、
長いこと夢に参道を歩き、
実際にはないかもしれないが、近くの大きな寺に参拝したり、近くの海を見たりした。
思い付きでつけた姓だが鹿島の奥宮を指すのかも知れない。

麻母留も万葉仮名にしたのは、奥宮衛というなの
軍人さんがいたからで芥川龍之介さんの息子さん
比呂志さんや也寸志さんにあやかってつけた。
鹿島神宮の奥宮には要石がある。
また、玉置神社には玉石社がある。

そのようなご神体に象徴されるように
日本の精神文化の守り人になりたいという抱負は
今も変わらない。

壬午日録は甲日干の私が
戊寅(0~4)
己卯(5~14)
庚辰(15~24)
辛巳(25~34)
壬午(35~44)
と大運が巡って
現在壬午の運が巡っているときなので
壬午大運の頃の日記という意味合いで名付けた。
45歳からは癸未になるので癸未日録に変えるかも知れないがあまり格好がよくないし、それまでこのブログが続くかもわからない。

天干には天上三奇の甲戊庚が並び
地支の申子、寅午は水火半会でありながら
年月支、日時支で激冲を生じている。
孟春の旺木の根を透干した年支が痛め付けている。
五行の数値的に換算すれば身弱であり、
命式の形を見ればやや身旺である。

私の命式は素人の私には訳がわからない。
混沌として、全てがたぎっている。

身弱か身旺かは奥深い命題なので仕方がないが
私が占いの勉強に挫折するのは
さっぱり自分の命がわからないからである。

このような横着が、
自身の成長の妨げになってきたのだと思う。
地道に多くの人の命を観て
地道に八字の本を読み
少しずつ理解を深めなければ
自分の命はわからず、処するべき道もわからないのである。

日本の国を守る。
ということにもこれは通じる。
日本の国は玄妙な歴史を持つ。
それを理解するには視野を広げないといけない。
政治・経済国際情勢ジャンルだが
最近は学術的なものに対する記事が多いのは
その為である。

政権は売国政策まっしぐらだし、
野党もスキャンダル追求ばかりである。
スキャンダルを追求することは大事だが、
果たしてその場が国会なのか?
(国民の知る権利を根拠にして専門の機構を設立する
そのような抜本改革を同時に提示しなければ、野党の点数稼ぎにしか見えず、実際次の選挙しか考えていない議員さんには点数稼ぎの場だろう)
また、れんほうをれんぽうと呼び間違えたとか、
1500億を1500円とか読み間違えたとか、
マスメディアはそればかりクローズアップするが
そんな話はどうだっていいことだ。

そればかり、何回も放送し、
野党の議員もへらへらと笑ったり皮肉を言っている。
「次元の低い質問には答えません。時間の無駄です。」
ぐらい言ったらどうなんだと思う。

安倍総理いわく
国難だそうである。
にしては緊張感のない国会ではないか。
むしろ、空虚な時間が費やされ、
モリカケの不正はうやむやにされ、
国家を左右する重要法案は、
議論が深まらないにも関わらず
数の力で採決される。
この状況こそ国難、亡国の兆しである。

打開策は歴史に求める以外にない。
また、諸々の学問をインプットせねば
より良いアイディアは生まれない。
また、生活を支える収入と健康な体がなければ
絵に描いた餅で終わってしまう。

癸未の運(5~6年後)がめぐってくるまでは
生活も安定しないし、結婚も考えられない。
後半生に向けて下準備の期間なのだろうと思う。

抜本的対策こそ考えねばならない。
私生活の観点から見た私の現在の日本に対する見解である。

信が中心になる。

陰陽五行説では、
木火土金水の五行に様々なものが割り当てられている。

木は東方で青色
火は南方で赤色
土は中央で黄色
金は西方で白色
水は北方で黒色

聖徳太子の冠位十二階は、
これの上に紫を加えて六色で冠を色分けしている。

この、方位と色の対応はシナ大陸の各地の土質に対応しているそうだ。
なるほど山東省の辺りを青州と呼んだのも合点がいく。

岩手県北上地方の鬼剣舞の面の色なども
この五行に則っている。

徳目においては

木は仁
火は礼
土は信
金は義
水は智

が割り当てられる。
前稿でビリヤード的発想と書いたが、
それを支えるのは信である。
方位で中央に位置するのは偶然だろうか?

複雑なシステムを構築しようとすれば
人々の相互の信頼関係が不可欠になる。
複雑であればあるほどそうである。
信の人が中心となって
仁の人、義の人、礼の人、智の人を取り持つ。

信の人は土の人、大地の人である。
全てを支え、万物を化育する人である。

そのような人に私はなりたい。
なれるものならなりたいものだ。


ビリヤードの達人のように物事を考えたい。

政治は妥協の芸術という。

主義主張の相容れない人々がいるなかで
何とか落としどころを見つける必要がある。
しかし、昨今は力技、近視眼的主張の人が多い。

わかりやすい主張が好まれる。

だが、妥協による最適解は
いついかなりときにでも存在すると信じたい。

それには、正しい情勢分析が大前提になる。
次に、とことん当事者の声に耳を傾ける。
さらに、辛抱強く考え抜き、辛抱強くやり抜くことが
必要だ。

ビリヤードや詰め将棋のような発想。
急がば廻れ
囲魏救趙の計のような発想が必要であり、
より複雑玄妙であることが理想である。

逆にそれぞれの行動は簡易であることが望ましい。

彼を知り己を知らば百戦危うからず。

人の笑顔を見るのは、心が安らぐ

ありがたいことに、幼少期の私はみんなの笑顔に囲まれて育った。
甘やかされて育ったといえば、そうに違いない。

しかし、幼少期の環境はその人の
精神的なふるさとだと思う。
不機嫌な顔の人を見るとビクビクする人間になった。
別に周りの人は私の事など気にも止めていない。

しかし、常に人から笑顔で接してもらってきた私にとって(それはそれだけ私がわがままで周囲に気を使わせて
きたということである)私に向かって来なくてもマイナスのオーラが怖いのだ。

人は多少はそのような傾向はあると思うが、
私は過敏である。
人中に出ると疲れやすい。
お化けは見えないが霊感が強いタイプなのだそうだ。

つくづく弱虫なのだと思って自分を責めてきたが、
発見した。
私の周りの人々が笑顔になってくれれば
ストレスなく生きていかれるのである。

子供時代のように周りに気を遣わせるのではなく、
大人になった私は周りを気遣って笑顔にさせていけばよいのだ。

そしてそれは、働く事、仕事することの原点だ。
傍を楽にするから「はたらく」
多分語源的には語呂なのだと思うが、
仏教にも「抜苦与楽」という言葉がある。

荀子の修身篇にも立派な人格の人間は
地の果て、他の民族の中にあっても
重んじられないことはないだろうと書いている。

してみれば、幼少期の私は
両親や父方母方の祖父母親戚の人々から
大きな財産をいただいた事になる。
他人の笑顔を自らの安らぎに変えられるなら、
飯の種はつきないのだから。

日ユ同祖論

初めは、受け売りでしたが、
古代の日本とオリエントの事を調べると
不思議と共通点があり、
私の中で共鳴します。

ユダヤ教は今日の信仰形態になるまでは
カナン人(レバノン地域に住む人びと)と
同根の信仰をしていたようです。
旧約聖書的な信仰以前の原始ユダヤ教というべきもの
それらはユダヤ人の中では失われてしまいます。

しかし、旧約聖書確立以前に分化した民族がいた。
それが、日本人だと私は感じました。
バール神への信仰はユダヤ人からは
忌み嫌われますが、
ユダヤ教は原始ユダヤ教の先鋭化、原理主義化とも
いえると思います。
だからこそ、ユダヤ教は今日も生きた宗教として
光を失わないのでしょうが、
宗教としては狭量になり、他民族から支持を失いました。

バール信仰は実はオリエントでは
一般的な進行形態だったらしく
類似の神様はバビロニアでも信仰されていたようです。
山岳神であったらしいのですが、
私は三輪山を連想しました。

やはり日本人は、ユダヤ的な習俗をもち
しかし、旧約聖書的信仰が確立する前に
移住した失われた十支族なのだと思います。

旧約聖書は歴史書でもありますが、
ヤハウェ信仰の確立は、
ソロモン王以後かも知れません。

安田順平さん解放、自己責任論を考える

この方は死を覚悟して取材に赴いていると思います。

では、拘束中に死を選べば良い。
と考える人がいるかも知れませんが
安田さんは苛酷な環境でも、
何とか解放の日まで耐え忍べたのは、
「必ず生きて帰らなければならない」という
一念からだと思います。

それは、家族とか自分の為よりも、
シリアで自ら見てきた生の情報を
広く多くの人に伝えなければならない
というジャーナリストとしての使命感が
安田さんを強くしたのだと思います。

ジャーナリストは記事に仕上げるまでが仕事です。
生きて日本に帰らなければ
仕事は完成しません。

日本の大手メディアは
危険地帯に自社の特派員は派遣せず
フリーランスの記者に委託して報道しています。

安田さんのような存在は非常に
日本にとって大事な存在です。

その安田さんの思想信条が気にくわないからといって
情緒的に自己責任論を振りかざし
非難するのは私はおかしいと思います。

安田さんの見解に対して
非難したり、反論したり、評価したりするのは
安田さんが取材したものを記事にしてからでも遅くはない。

そこで初めて建設的議論も成り立つと思います。

自己責任という言葉はことさら権力者が口にするときには責任逃れしてるように感じるのは言い過ぎでしょうか?
確かに人はそれぞれ自業自得ではありますが、
自業自得で苦しむ人を嘲笑うか、
自業自得で苦しむ人に思いを寄せるか
例えばそんな事で人間の品格は推し量られるものでございます。

「子供じみた大和帝国」アイディアを再び考える

四柱推命という占いがある。
古代シナで生まれた陰陽五行説が元になっている。
春秋時代のスウエンが唱え
老荘思想と融合した。

宋代には朱熹が出て、
易経を元に一大思想体系を作り上げたが、

四柱推命はどちらかというと
思想というより、士大夫層にとっての実学的な術として
発展していった。

どういうことかというと
歴代シナ王朝では科挙の制度があり、
優秀な一族の師弟を見出だして支援し、
進士に及第して栄達を遂げてもらわないと
一族全体が没落してしまうからである。

その為、生年月日時に割り振られた五行から
富貴貧賤の度を量り、
この子は大臣になれるとか、県令どまりだろうとか
一族の中でシビアに判断する基準とした。

宋代には徐子平という人が出て
これを発展させたので、
四柱推命を子平ともいう。
また、生年月日時の十干十二支は8つであるので
中国では八字とも言われている。

四柱推命は長く
神殺の有無を重視してきたが
八字内に排されている五行のバランスこそ
大事であると唱えたのは
明初の宰相でもあり、三国志演義に出てくる諸葛孔明像のモデルとなった劉基伯温である。

八字の中に五行が揃い、反発せずに
中和を得ている命こそ貴命であるとした。
この力学的な発想の元に
四柱推命は現代まで発展し続けている。

また、占いとはいいながら
サンプルが集積することで
統計学的ともいえる精密さを備えた占いであると思う。

さて、この稿では四柱推命を信じるか信じないかとか、
生まれた時に人の価値を決めることの是非を論じる為に書いてはいない。
(先天的要素に人間は縛られるが、いかに生きるかは全く別問題だと私は考える)

四柱推命を取り上げたのは、
その人その人に適合した開運法の考え方の
玄妙さを政治学に活かせないかという
思いからである。

四柱推命は五行の偏りを厭い、
その平衡中和をとる事を重視する。
木火土金水の力のバランスを整えるのである。
私はそこに権力分立の極意を見出だせると
考えている。

モンテスキューは三権分立を提唱したが
私は五行説にならい、五権分立にした方が、
より柔軟な国家システムの運用が可能ではないかと
思うのだ。

私は金融業を牛耳る一部の大資本家により
世界はかき回されているという陰謀説を信じてきた。
今でも基本的にはその考えは変わってはいないが
誰か特定の人々が、というより構築されたシステムの方を問題視すべきだと思うようになった。

陰謀を企てる人達を炙り出して、
排除したとしても問題のあるシステムが
残っていたらまた第2の悪党が出てくるだけである。

根本的な解決にならないと思う。
だから、在日朝鮮人、韓国人を排除すればよいという考えには賛成出来なくなった。
(旭日旗に対する難癖には毅然として対処すべきである
旭日旗=戦犯旗と騒ぎだしたのは
キソンヨン選手の日本人を小馬鹿にしたゴールパフォーマンスの非難に対する苦し紛れの言い訳から火がついた最近のネタである)

大和帝国構想は、
ハルマゲドンに対する危機感から
夢想したものである。
2,3年前の私自身の切迫感から考えたした、
大変幼稚なアイディアだと思う。

この切迫感はその時より今の方が強まっているが
絶望感も大きい。
それは現政権やかつて心酔した人々への
大いなる幻滅であり、
過度にその人びとに期待していた自分自身への呆れや
愚かさ加減に対する幻滅である。

また、自らに課された今生の使命に対して
努力も進歩も全く遅々として進まず、
また、使命を達する為に必要な道のりの遠さに
改めて愕然としている。
そういった絶望感は強まった。

しかし、子供じみた夢想が
力強い行動力で実現されることは
地球にとって、全人類にとって
災厄でしかない。
アドルフヒトラーの例もある。

どんなに遅々としていても
責任ある思索をして、
小さな事柄で試行錯誤し、
少しずつ積み上げていかねば
ならないのだ。

帝国は、
ニュアンスとして独裁の極致
悪い政治の極致として語られる。
それは私も否定しない。

しかし、私がやけに帝国にこだわるのは
同君連合でありつつ、統治形態は世界の諸地域の実情に合わせるということと、
地球規模の公正な権力の確立により
混沌とした国際情勢を新しい平和と秩序に導くことが
出来るのではないかとの思いからである。

帝国は古めかしい政治機構であるが、
皇帝権力の暴走に歯止めをかける工夫が
様々なされてきた。
神聖ローマ帝国の選帝侯や
アケメネス朝ペルシア、ローマ帝国の穏健統治の側面
中華帝国の門下省や、日本の武家による幕府政権などである。

世界の諸地域の権威を、
一個の人格である皇帝が束ね、
皇帝の名の元に権力を統治機構に委譲する。
皇帝は直接統治には関わらず
非常時に大権を発動し、紛争を仲裁する。

統治に関しては行政を予算権、決算権に二分割、
司法権、立法権、監察権を加えて五権とする。
この国家社会の監察者として報道機関の権利は保障されるが義務、責任も生じ、違反したさいは厳しい罰則規定も適用される。

また、監察者はメディアだけではなく、
国民、政府の立場からも参加して
全く独立した機構でなければならない。
これらの5つの権力が複雑に牽制し合うことにより
中和平衡を保つのが理想だと考える。

ここまで書いて、
私は帝政にすらこだわらない。
選挙によって世界大統領が選ばれる
地球連邦でも上記のような玄妙な統治が
行われるならば賛成する。

しかし、民主主義はヨーロッパ文明の産物であり、
イスラーム諸国や中国など
異なる政治思想の国とどうやって折り合いをつけるのか?
また、世界は植民地帝国時代の弊害を引きずっている。
民主化と称して無責任に諸国を不安定化させるやり方も
私は気にくわない。

だから、帝国を主張するのだが、
この帝国アイディアには最大のネックがある。
人治主義の極致であり、誰が皇帝になるかということである。
私が思索を進めないのは単にこの為である。




クマラジュウ

クマラジュウは訳経僧として
教科書に出るくらい有名だが、
その数奇な生涯はあまり知られていない。

私も最近、不幸な形で女犯をおかしたことを
知った。
五胡十六国時代の乱世、軍閥政権の軍事顧問や
占いの類いも行ったらしい。

辱しめを受けて自ら命を絶つ選択も
あったかも知れない。
いや、仏弟子は自ら命を絶つことも
戒律を破る事になる。

親鸞聖人ではないが、僧に非ず俗に非ずという
自己のアイデンティティに対する葛藤は
すさまじいものがあったのだろう。

だが、それは素晴らしい漢訳仏典として
結実する。

般若心経、阿弥陀経、法華経、維摩経など
多くの名訳を残した。

私は維摩経の中に
クマラジュウの至った、菩薩の理想像が織り込まれていると思う。

菩薩はいかなる境涯に生まれても
仏道を歩み、有縁の人を救ってやまない。
衆生済度は即修行である。

私はこの観点から神信心も考えたい。
日本の政治・経済も考えたい。
世界平和も考えたい。

いかなる境涯にあろうとも
歩める道がある。
それをこそ大事にしたい。

天武朝(未了)

古代の天皇は、天智系、天武系の2系統に分ける事が出来る。

奈良時代はほぼ天武天皇の子孫が皇位についた。
すなわち、

天武天皇
文武天皇
元正天皇
聖武天皇
孝謙天皇(称徳天皇)
淳仁天皇(淡路廃帝)

である。持統天皇と元明天皇は
天智天皇の皇女であるが、
天武天皇の皇后、草壁皇子(文武天皇の父)の夫人でもあり孫や子が成人するまでのつなぎとしての即位であった。

天武天皇は天皇号を初めて用い
中央集権化を推し進めた。
律令を定め、藤原京の建設を企図した。
有力な古代氏族の大臣をおかず
皇親を要職につけた事に特徴がある。
これにより大和王権は強固なものになっていった。

天武天皇は古代史上間違いなく偉大な天皇であったが、
悲劇的な側面もある。
皇親に権力を集中させたものの
その皇親が政権の主導権を巡り争い、
ついにはその直系の血筋が断絶してしまったことである。
(今日に伝わる皇統は天智天皇の皇統である。)

天武朝の栄枯盛衰に思いを馳せると、
様々な事を考えさせられる。
文化とか風習などは変わってしまったが、
権力構造や税制の推移などを学べば
きっと現代社会にも活かせると思うし、
また日本民族の一大叙事詩として
勝者敗者の隔てなく後世に伝えていけば
古人の霊の慰めにもなると思う。

さて、天武天皇の存命中から内訌の萌芽はあったようだ。
天武天皇8年(679)の事、
帝は皇后と六人の皇子を伴って吉野の地に行幸した。

すなわち
天武天皇

ウ野皇后
(後の持統天皇、文武天皇の祖母)

高市皇子
(天武天皇の庶長子、壬申の乱で功をあげ、長く朝廷で重きをなした。長屋王の父でもある。)

草壁皇子
(母はウ野皇后、文武天皇の父。皇太子になるが影が薄い。夭逝したため文武が成人するまで持統天皇が即位することになった。妻は藤原宮子(不比等の娘))

大津皇子
(母はウ野皇后と同じく天智天皇の娘。文武に優れ
天武天皇にもその才を愛されたが、それが悲劇を招く
天武天皇崩御後の服喪中に謀反の嫌疑をかけられ自害する。草壁皇子の立場の危うくなることを恐れたウ野皇后が先に仕掛けた陰謀とも言われる。)

施基皇子
(天智天皇の子、この皇子の子白壁王が、称徳天皇の後に光仁天皇として即位した。)
川嶋皇子
(天智天皇の子、大津皇子の親友であったが弁護しなかったことを懐風藻の作者から批難されているという(筆者未確認))
刑部皇子
(天武天皇の子、律令草案作成や帝紀旧辞の編纂を主導する)

父の違う六皇子が
一族の永遠の一致結束を
天武天皇の創業の地ともいえる吉野で誓った。
吉野の誓約と言われるこの誓いに
ウ野皇后も加わっているのは、
大津皇子の信望を警戒する皇后や草壁皇子の動きを
牽制する意味合いもあったようである。


自身を励ますだけの記事

動物占いでは、チータだ。

占いによるチータの性格は
諦めの早いチャレンジャー。
見た目、肉体的動作は全くチータではない。
しかし、性格は衝動的でいとも簡単に冒険する。
また、諦めも早いので人生が積み上がらない。

実際の動物のチータも儚げな面がある。
陸上動物では足が速いが持久力はない。
瞬発勝負で狩りをするので
失敗も多く、飢え死にする個体もあるそうだ。

進化した動物占いでは細分化していて
「長距離ランナーのチータ」だそうである。

衝動的瞬発力を持続させられる性格ということか?
そうありたいが、近頃くたびれた。
体調が悪い。
老いとか死が迫っていると感じると言えば大げさか。

マラソンに優勝しなくても
せめて、時間切れとか、途中棄権にはならず
なんとか完走だけはしたい。
前のめりにつんのめって死にたいものだ。

前のめりに倒れて死ぬ。
それだけ祈って生きようか。

平城京と木簡の世紀読了

成果物としてまとまるのはいつの日か
とにもかくにも読み終えた。

歴史の本だから
「100ページで厭きる病」を克服したとは言いがたい。

政治史的記述、仏教、唐、記紀はすらすら読めた。
しかし、税制や考古学的な記述に関しては
疲労感を覚えた。

つまり、私自身 疲労感を覚えた分野は
勉強不足ということである。

私はかつて古事記を半強制的に読まなければならなかったことがある。
古事記は神々と天皇の系譜が多くを占める。
名前が難しく疲労困憊しながら読んだ。

ノートをとり、注をメモして
取り組んだお陰で、記紀に対する免疫はついた。
また、非常に興味関心を持てるようになった。

結局は苦手克服は
疲労困憊する状態から
逆に興味関心を持てるようにすることなのだ。

スピード学習の方法論は世にあまたあるが、
知識の基礎体力あってこそのものであると思う。
苦手な物事、不勉強な物事に
小手先の対策は通用しないのだ。

私自身遅きに失した気付きではある。
しかしながら、大抵のことは今後の人生で
習得できる見通しがたった。
最近ではネギの千切りがうまくなった。
(なぜ、左手を猫の手にするのかその理由がわかったからである。すなわち、第二関節を出張らせて指先を保護する為である。すると早く包丁を動かしても指を切る恐れがない。)

今後の人生に活かしたい。

加計学園理事長の呆れた会見

このグダグダ感はまだまだ続く。

獣医師が足りているか足りていないか
の議論がこの問題の本質ではない。

加計学園が獣医師を本当に養成出来る教育機関となりうるのか否か?
実は獣医師を養成する力はなくて(あるいは現時点準備不足であって)、開学認可を受けるのは無理筋であるのに
何か強い力で無理を通したのではないか?


が問題の本質だと私は思います。

安倍応援団は獣医師不足の深刻さ
獣医師会既得権益擁護の動きがある
その黒幕は(石破とか玉木)として
論点をずらそうとしています。

次から次に呆れた実態が浮かび上がって
詳しく見ていない人は何が何やらわからなくなりますが、赤字部分が解明されない限り今後もくすぶり続けます。

この赤字部分の解明はされるどころか
安倍首相はその説明を逃げ回り
さらに諸方面に権力者として圧力をかけて
疑惑に蓋をしようとした。

二重三重に罪を重ねている疑いがある。

残念ながら、安倍政権支持層が底固いので
解明は望み薄です。

後5,6年すれば今治の獣医学部の真価も見えてくるでしょう。
その時に全て明らかになります。
(そして問題があれば再燃する)

不祥事があっても悪びれず
告発者を嘘つきにして
トップが居直れればOKな社会。

日本は潔さを美徳とする社会だと思ったのですが、
「ネトウヨの嘲笑う韓国像」が
「安倍政権下の日本社会の実態」と重なって見えます。


性癖の話が検索上位に来る。

このカミングアウトは加計学園の疑惑で
前川喜平氏が告発される直前、
出会い系バー通いを
読売新聞社会面で報道された時に、
危機感を感じて投稿した記事です。

直言のブログを書いていたら、
いつか私も小さな真実に尾ひれをつけて
醜聞にされたり、脅迫の種にされたりするのではないか?そういう危機感と

自分はここまで己を晒して物を言うぞ。
私は馬鹿かも知れないが、
率直に嘘をつかずに何でも書くぞ。
という気持ちを表したくて書きました。

実は右派論壇の人達には、
自己顕示欲の強い人が多く、
安倍政権下で我が世の春を謳歌しながら
失態を繰り返す人が多かった。

虚勢を張っている人が多いと失望しています。
私は自分の実像と他人が抱く私の虚像が
離れていくのを放っておいたままにして
苦しんだ事があります。

例えば、女性経験の少なさをからかわれたので
恋愛の話を避けて生きてきたり、
多くの人からは理解されない性癖と
片想いの女性との間で何度も揺れたことなどありました。

行き着いたところが
自分を飾らず出来るだけ率直に正直に生きよう。
理解しいてくれない人、不快に思う人には
無理に説得などせず
マナーや節度を持って生きていこうと
いうことでした。

私は、日本は性に対して非常におおらかな伝統があると
思います。
蛮風などと言われる風習も数多くありました。
性的少数者が生きづらくなったのはむしろ明治からではないかと思います。

西欧のヴィクトリア時代(品行方正に見えて
抑圧された性の捌け口の皺寄せが弱者に来る時代)の
倫理観が直輸入されました。

そして、戦後もまだその呪縛が続いていると思います。
性のあり方の多様化=少子化ではないと思います。
大学、専門学校などの高等教育を卒業しないといい職にありつけない。
それが当たり前になりつつあるなか、
親になるべき若者世代は昔より貧しく
不安定な生活を送っていたりします。

また、変態と正常の概念は相対的なものです。
みんな家族や恋人に受け入れられるか悩んでいて
葛藤を抱えています。

同じ悩みを抱える人同士、
ネットで打ち明け合って生涯の伴侶を
得るような時代になって欲しいです。

そして、法整備が必要になってくると
思います。
民法の婚姻法の大改正がいずれ必要になると
思います。

ここはご皇室は男系存続すべき
という主張と
ねじれているところですが
男性と男性
女性と女性
女性一人と男性複数
男性一人と女性複数
男性複数と女性複数
で性的関係を結んで作る共同体を
「家族」という法人に定義するべきではないかと
考えます。

人間関係はややこしくなります。
しかし、強権的で復古主義的な少子化対策より
現実に即した未来でも運用可能な制度設計を
考えた方が私は良策だと感じます。


粟田真人(あわたのまひと)

この人は、奈良時代を調べて初めて知った人だ。

二度に渡り、唐に渡ったが、
彼の二回の渡唐の間には大きなタイムラグがある。
白村江の敗戦に伴う新羅、唐との緊張関係があり
大和政権は30年近く、シナに遣使していなかった。

その間、大和政権は東アジアの緊張関係に対処するため
王権の強化に努めた。
また、聖徳太子以来のシナ大陸の先進的政治制度導入に力を入れている。
この、シナ文化の大和政権の輸入移植は
政変が打ち続いても一貫して行われたように思える。

シナよりもシナらしい都 藤原京や
格式(施行細則)のない大宝律令など
古代日本になじまないものも
無理矢理シナ風に改める形で
天武・持統朝の改革は進められた。
粟田真人もその中心人物の一人だった。

天皇の称号
日本という国号
冨本銭という通貨
大宝律令という法律

これらの成果を引っ提げて
粟田真人は渡唐するのだが、
真人がシナ大陸の地を踏んだ時
唐は周という国に変わっていた。

唐は高宗の皇后であった武氏が
自ら帝位に即き(則天武后)、周という王朝が誕生していた。

粟田真人ら久し振りの遣唐使一行は
大いに驚いたに違いない。
(統一新羅は後ろ楯である唐の権威が揺らぐ事を日本に知られては宜しくないと唐から周への交替を伝えなかったらしい。)

粟田真人は人柄も容姿も立派だったようで
唐人からも称えられたりしている。
また、最大の成果は
倭ではなく日本という国号を認めさせ
唐帝国の王化の外の国になることで
かえって対外的に独立した地位を認めさせたことだと
私は思う。
真人は執節使(特命全権大使)として
優れた外交手腕を発揮した。

しかし、真人らのシナ文化の知見は
時代遅れのものだった。
私が想像するに
秦漢代から六朝時代までの文物に
通暁している人々が
唐の社会に現れたので
唐人達は古代の知識人がタイムスリップしてきたような
ノスタルジックな気分になったのではないかと
想像したりする。

江戸時代をよく知りそれを体現している異邦人が
現代日本に現れたら
私たちは大いに驚くし、
異国の人がよく我々の懐かしい昔の
スタイルを実践していると嬉しくなり感心するに違いない。

だが、真人らの任務は
帰国後の方が大きかったかも知れない。
真人ら遣唐使の帰国後すぐに
慶雲の改革が始まる。

それは唐風の制度と
古代日本の制度との折り合いをつけていく作業だった。

(参考文献)
講談社 日本の歴史4 平城京と木簡の世紀
渡辺晃宏 著

安倍政権の嫌いなところ

私が一番嫌いなところは

「やっている感アピール」が過ぎる点です。

別に森友学園加計学園疑惑の始まる前から
この点には危機感を感じました。

アベノミクスはチャンネル桜などを視聴していれば
成功しているように見えましたが、
実社会で誰かと話していると
中小零細企業や地方の景気の実感は依然として厳しかった。

私は公共事業がやはり景気刺激策として一番有効だなと
感じつつも社会構造の変化から従来型の公共事業では
ポイントを得ずバラマキの謗りを免れないと今は考えています。

どこにどれだけ予算を配分すれば良いかは
着実・正確な調査分析によらねばならず
最近の省庁のデータ改竄は正しい解決策を遅らせるものです。

民主党政権の最大の失敗は、
批判ばかりで、自らの政権運営のスキルを高く見積もっていた事にあります。
野党時代の机上の空論(それ自体悪いことではない)
を政権担当時にフィットさせきれなかった所にある。

それは、国民へのアナウンスに失敗した面もあるし、
机上の理論が未熟だった点もある。
さらには、如何なる国家を建設するか、
現実的な視野が足りなかった点もあるでしょう。

特に外交やマクロ経済の分野では
致命的な失敗もあった。

自由民主党に今後取って代わる政権は
既得権益層に一定の配慮をしつつ
改革を進めるスタイルでないと
政権交代の実を上げることは出来ないでしょう。

安倍政権は官僚を掌握していますが、
官僚のモチベーションを引き出せてはいません。
むしろ萎縮させ、優秀な人材が埋もれていくように
見えます。

イエスマンばかりで、異論を唱える事を許さない
組織は活力を失い硬直化、形骸化して
死んでしまいます。

官僚の人々を掌握し、モチベーションを高める為には
省庁を分割し、競争原理を導入するのも一案だと思います。
分割した人員で決算・監査・中長期計画部署を
独立させ権限を移譲する。

実は石破氏の防災省などはこのような隠れた意図を
含ませれば良いと考えたりします。
災害復興は大変難しいミッションです。
被災企業は設備をやっと復旧させても
従来の販路が無くなっていたりします。

また、被災の度合いに濃淡があり、
被災者それぞれの復興にも濃淡があります。
これを決め細かに支援するのはNPO法人だけでは
お寒い!!

大災害が毎年のように起こる我が国では
恒常的な復興支援の行政組織があった方が良い。
と、私個人は考えます。


未だにモリカケで突っかかると
思われるのも癪なので
具体策も素人なりに書いています。

拉致問題に関しても、第二次政権発足以降
何らの進展もみていません。
いまやトランプ大統領頼みになっています。
そしてそのトランプ政権は外交が迷走しています。

戦略というより、
あっちが駄目ならこっちというように
とにかく世界を振り回している印象です。
ロシアゲートの目そらしにも見える。

このような人が宗主国のボスになっている
時はピンチでもあり、チャンスでもあるのですが、
安倍氏のトランプ氏へのアプローチは
腫れ物に触るようであり、
安倍氏の度胸のなさ、小心さを見透かされ
今や舐められています。

ヤクザの恫喝にびびって、役所の職員が特別待遇を与えるようなものです。
毅然と突っ張ねるようでなければ
その職員は下衆の小役人の謗りを免れないでしょう。

トランプ氏は傲岸不遜のように見えて
取引先の利害得失には理解を示してくれる不思議な所があると思います。
ウィンウィンのロジックで説得するのが
私には一番効果的だと思います。

アメリカに一番良いように、
歴代大統領で一番優れた功績を打ち立てられるのであれば、柔軟に政策を変えてくれる
大胆さを秘めている。

本来地球は1つであって、
究極アメリカの利益も日本の利益も北朝鮮の利益も
同じである。
そのような道を模索しなければならないと私は思います。

陰謀論に関しても、
私は慎重に考えるようになりました。
イルミナティやフリーメイソン、
ユダヤ陰謀論などがあります。
私はそれを全て出鱈目と決めつけない。
地震兵器、気象兵器の存在も真剣に考える。

しかし、それらを鵜呑みにもしない。
こういう情報を意図的に流布して
憎悪を煽っている組織もあると思う。
それらに乗じられては元も粉もない。

私は世界を日本化すればよいとこのblogを
書き始めた頃考えましたが、
日本化とは
狭い国土に様々なルーツを持った人びとが
均一的な文化を持ちつつ多様性も保ってきた。
そのような秩序を全世界に緩やかな変化で打ち立てる
ことが理想ではないかと思うようになりました。

その方策は戦争ではなく、
広い意味での交易だと思います。
それも世界のモノ・カネ・情報の
偏りを解消する方向の交易です。







麻生氏「石破のどこが善戦なんだ」。。。安倍陣営が「潰す」と勝手にハードル上げたじゃない。

安倍氏は三選したものの、
議員票と地方票合わせて254票石破氏に入りました。

戦前は「石破に250票は以上取らせたくない」
「地方票で安倍氏がダブルスコアだ」
と息巻いていたので、処遇はどうするんでしょ?

最近の自民党の安倍氏への忖度ぶりには
目に余るものがあります。

秋葉での演説は、一般人を閉め出し、
動員かけられた人に配ったステッカー持ってる人だけ
近くに来させたとか。。。

どこの独裁国家だよ。
本当にこの政権はマスメディアを叩く割りには
マスメディアを思いっきり利用してます。
だから、インスタ映えばかり狙う。
見映えの良い映像を狙う。
カッコ悪いところは全部隠す。

上司の言葉で印象に残っている言葉があります。

「ええか、営業はどんな時でも顔はお客さんの方に向けていなきゃあかん。
会社は仲間やから、もめたとしても後から何とでもなる。だから常に営業の顔はお客さんの方を向いてなあかん。」

非常に感銘を受けました。
今の自民党の議員さんたちは何ですか?
総理にへこへこ頭を下げて、
付託を受けた国民に尻を向けている。

普段は本来の主人である国民をへいげいし
選挙の時だけ、
「○○をお願いします。一票お願いします。」
こんな虫のいい話があるでしょうか?

まあ、仕方がない。
民間人は民間人なりにしたたかに生きるしかありません。

治気養心の術と 仏教における無心または止観

思い付きですが

荀子の治気養心の術と
仏教の無心は通ずるものがある気がします。

私が荀子になぜ仏教との親和性を感じるかというと
晩年楚の蘭陵(山東省臨沂県)に住んだ荀子は老子の影響を少なからず受けているからです。
天など形而上の事をつまびらかに語らない姿勢も
釈尊の態度に似ています。

治気養心の術には、
心のバランスを取るように具体的な方途が
述べられています。

私はそれ単体ではわからなかったのですが
心のバランスを取ることが
「無心」とか「止観」ではないかと気づいた時に
この治気養心の術の方途が身近に感じられてきました。

すなわち、
感情の赴くところの対極に意識の重りを置く。
激情の波浪の中に烈志の錨を下ろす。

無心とか止観とかはその結果の
風景であって
その過程は恐らく水火激冲の葛藤が
必要不可欠なのだと思います。

愛国保守ならプーチンに抗議しなよ。総理に怒れよ。

浦塩に日本の総理が毎年訪問するというのが
おかしな話。

ウラジオストックの言葉の意味を知らないのだろうか?
ここでプーチンが平和条約の提案をした。
前提条件は無条件。。。
北方領土は置いといて、
という事になる。

舐められている。
トランプにも真珠湾の事を忘れていないと
捲し立てられて何も言えなかったらしいし、
(まあ、去年からわかっていた事だ。)

愛国じゃなくて
愛安倍なんだろう。

安倍がよければ
国が滅びようが、売り飛ばされようが
問題なし。

反安倍は勇気がいる。
だが安倍信者は流されていればいいだけなので
楽だ。
他の人は面倒な事が嫌なのだろう。
仕事や日常に忙しいのだ。

だから、支持率は4割から動かない。
物事を線の変化で見ず、
昨日は悪かった、今日は良かった
と近視眼的に見ると
この政権の悪質さはわからない。

1つの事案を定点観察している人なら
きっと腹立たしくなるだろう。

もはや、安倍信者や安倍応援団に何かいう気はなくなった。
しかしノンポリ・無党派層と呼ばれる人たちに
この政権の邪悪さ(この位強い言葉が適当だ)を訴える事は
必要なのかも知れない。

決意

私は向かうべき目的地を既に知った
目標を成就すべき道もまた知っている
迷いや恐れの心の生ずる原因も知り、
今さらどうして立ち止まる必要があろう。

一寸先の未来など永遠に来はしない
今やらずして何時やるのだ

実践のない思索など画に書いた餅だ
現在という時間は永遠に続くぞ

ぷよぷよゲームしたい。連鎖コンボを決めたい

安田記念は1600メートルのマイル戦
倍の距離3200メートルを走るのは天皇賞(春)
のっぴきならない淀の坂越え
三冠を目指す馬には最後の試練
羽の生えたような馬だったディープインパクト
烏(?)のように賢いシンボリルドルフ
のびのびと三冠レースを駆け抜けたミスターシービー

萩の花が咲き始めると秋競馬の前哨戦
生で見るのが一番だが、
田舎者の私は東京競馬場には行けなかった。
下総の中山競馬場は一度だけある。

村で日本一大きいのは滝沢村だった。
西瓜の名産地でもある。
村(今では市だが)スイカ色のガスのタンクがある。
のどかな所です。
反対に盛岡市に近くて便利。
目と鼻の先に県庁所在地がある。
を金持ちになったら家立てて住みたいなあ。
狙ってなれるもんなんだろうか?お金持ちって。
えーと何の話だったか?

外国にはグランドナショナルという障害レースがある。
堀の障害もあっただろうか?
埋もれているが、本場ではダービー以上とも
めちゃくちゃスリリングな障害レースだ。
よほどの騎乗技術がないと完走も大変。

報讐雪恨とは曹操の徐州攻めのスローガン
道理に叶っていないので、呂布に留守を狙われた。
各々思惑で動いた群雄たち
社会情勢が不安になっても私利私欲ではいけない。







赤信号みんなで渡れば怖くない。

ビートたけしさんのギャグだが、
本当にそうだと思う。
みんなで同時に渡れば怖くない。

それにしても何を書きたかったのか忘れてしまった。
頭が回らなくなったか?
パズルゲームとかすれば脳の活性化になるか。
ぷよぷよのようなパズルゲームが
携帯ゲームでよく出ている。

高得点を狙うなら連鎖を仕込まないといけない。
連鎖が決まると爽快だろう。

結局私はぷよぷよしたい。
連鎖コンボを決めたい。
ということが言いたいのだきっと。

ノートの取り方規則

筆記具使用規則
シャープペン 本文
赤ペン 重要事項、その傍線
青ペン 詳細な参考情報
桃ペン 事後記入
黄ペン 他者の見解
橙ペン 自身の見解
緑ペン 辞書、字典、事典の引用
翠ペン 解説書、他文献の引用
水ペン 私的注釈、フランクなメモ、訳文もこの色。

紙媒体で一度規則を紛失したので、blogにも備忘録を
残す為に記す。

眼鏡屋の角も愛しい。~私の仏教の好きなところ~

眼鏡屋の角も愛しもスピノザの神の時空に在ると思はば

という歌を詠んだのですが、説明書きは書いていませんでした。しかし、大阪の地震、台風被害。西日本豪雨。そして北海道の地震と立て続けに大きな災害が起こりました。

だから、この歌を詠んだ時の心境がしみじみ思い出されます。

私は東日本大震災でかけがえのない「ふるさと」山田町を失いました。

私にとっての「ふるさと」は津波が襲う前の山田町です。復興していく山田町はあくまで新しい町。
出勤時、山田湾対岸の霞露ヶ岳に隠されていた朝寝坊な太陽の光に養殖筏の無数に浮かぶ入江がキラキラと輝き
大島小島がのどかに浮かぶ風景は、
この地に生まれた幸せと誇り毎日感じさせてくれました。

父と喧嘩して、忌々しい思いで敷居を跨いだ我が家の玄関を私は未来永劫またぐ事は出来ないでしょう。
印刷機を回すときのインクの匂いや、
母が美味しい料理を作ってくれた、築50年のくたびれた
台所も蘇らせる事は出来ません。

だから、私は「ふるさと」を失ったと思います。

しかしながら、山田町への愛着が無くなることはありません。
私にとって「ふるさと」は増える一方です。
山田町が遠くなった分、お墓のある宮古市、
御先祖ゆかりの地、和歌山県御坊市、玉置神社のある奈良県十津川村。
いや、日本国すべて地球すべてがふるさとになりました。

山田町には明治時代に医者として教育者として
町の振興に多大な貢献をした安倍長俊という方がおられます。
歌人でもあった長俊先生は辞世の歌を詠んでいます。

世の中の勤めも終えてふるさとに帰る今日こそ楽しかりけれ

この歌のいうところの「ふるさと」とは
極楽浄土のことです。

私は死んだことがないのでわかりませんが
浄土真宗門徒にとっては
極楽浄土もまた「ふるさと」だと
この歌を読んだときに感じました。

命を終えて亡くなった人と再開できて
みんなで仲良く暮らせるご浄土に
私も今生、娑婆世界で課された勤めを立派に果して
往生したいなと切に思います。

やあやあ、お前も頑張った。ご苦労さんご苦労さんと
有縁の人に労われるように、
胸を張ってあの世にいけるような人間になりたいものです。


さて現在、私は北上市に住んでいますが、
幼少期より眼鏡屋さんの角は北上の中で印象に残っていて思い出深い。

しかし、30数年の歳月は北上市を大きく変えました。
全国的な事ですが、町全体がくたびれた感じがする。
やはり、工場の集積地として人が集まった
2000年代が一番繁華だったようです。

これを再び、いや今まで以上に栄えさたい‼
という気持ちはあります。
何で貢献できるかわかりませんが、
未来に向かって、私の人生に課せられた役目を
果たしたい。

しかし、思い出の「ふるさと」は永遠に帰ってきません。
この眼鏡屋さんの角もいつか消えて無くなるし、
眺めている私もいつか死んでしまう。。。

そんな風に考えると
眼鏡屋さんの角がとても愛しく感じられました。
永遠の中の二度とはない一瞬に
自分は生きている。

青春時代に読んだ「ソフィーの世界」を
思い出しました。
スピノザはスファラディのユダヤ人でした。
神即自然という汎神論的な世界観を提唱したのですが
理解されず、ユダヤ教コミュニティからも追放されてしまいます。

晩年のスピノザはレンズ磨きの内職をして
貧困のうちになくなりました。

私はスピノザの思想に、東洋的なものを感じ
親しみを覚えた記憶があります。

天地自然の道理の中で私たちは生きている。
自然は時に牙をむくこともあります。
しかし、私たちは為す術はないし、
普段はその何百倍の恩恵を受けています。

災害にいつ遭遇するかわからない。
だから私は今生きている一瞬をもっと愛さなければならないと思いました。

歌の心はそんなところです。


仏教と言いますが、
出発点は宗教というより哲学的な色合いが強いです。
釈尊は神様ではなく
悟った人、目覚めた人です。

何に目覚めたかは、
私は仏様ではないのでわかりません。

しかし、縁起という観点を世間に提示しました。
人はお互いに関わり合うことで
自らの心のありようを知ることができる。
だから、縁起(人と人との関わり合い)の意味を問いなさい。

その際に様々な執着や欲望は、縁起を見る眼を曇らせるから我執我欲を離れなさい。
そして縁起を正しく観察して、
それから生まれる「気づき」を大切にしなさい。

というような内容ではないかと私は思います。
しかし、お釈迦様の悟りは実際はもっと玄妙なものであるし、完全なものであると思います。

お釈迦様は悟りを開いて喜びましたが、
教えを説き広めようとは思いませんでした。
微妙な教えが人々に理解されるとは到底思えなかったからです。

お釈迦様は安心の境地を自分だけのものとして密かに保とうとしました。

するとこの世の支配者である神、
ブラフマンとインドラが現れて
「このままでは、仏の智慧が世に広まることなく
終わってしまう。
どうか、世尊よ。仏法を世に説き広めてください」
と懇願しました。

お釈迦様は瞑想に入ります。
川に咲く蓮の花が目に見えました。
蓮の花の状態は一様ではありません。

泥の中にまだ埋もれているもの
水面から顔を出したもの、
今まさに花開かんとしているもの、
既に美しく咲いているもの。。。

衆生の機根もそうではないか?
私の悟った内容を少しだけ理解できるもの
大いに理解できるもの、
完全に理解できるもの、
全く理解できないもの、
がいるはずだ。

私はそれらの人々の心の状態に合わせて
私が今悟った事を説こう。
こうしてお釈迦様は自らの悟りを世に広める決意をしました。

お釈迦様はよく名医にたとえられます。
人の病気には様々な症状があります。
それに対する薬も様々、治療法も様々です。
仏様は誤りなく患者の症状に合わせて
薬や治療法を処方するかの如くに
教えを説かれます。

これは凡人にはなし得ない事です。
凡人が出来もしないのにこれを真似すると
大事故になります。
下痢の人に便秘薬を処方するような事が起こったり、
もっと深刻な医療ミスを起こしかねないわけです。

だから、私は内心の自由は大事だなあと
しみじみ思います。
人の心を変えうるのは天地自然の道理。
すなわち縁起でしか変わりません。
仏様は天地自然の道理を悟り、
天地自然の道理のままにいきることを実践している人です。

だから赤の他人が「やいのやいの」その人に教えを垂れるのは無意味であり、
天地自然の道理と縁起(事物・人間との関わり合い)によってのみ人は「気づく」事ができる。

だから、恩着せがましく教えを説く教祖様には
私は胡散臭さや、危うさを感じます。

もし神様と呼ばれる存在がいるなら
私も宇宙すべてが神様であり
万物に宿る八百万の神は実は一体であって
一なる神の存在を身近に感じさせるための
方便であると感じます。

私は、人に
「ああしろ、こうしろ、あれこれしろ」と
アドバイスは出来ません。
天地自然の道理に沿った生き方を目指すことだけが
お釈迦様が私に願われている事のように思います。

キリスト教徒でありながら
仏教をまなぶ人々もいるようです。
仏教の智慧にふれて
キリストの愛に対する理解が深まるのだそうです。

一瞬をもっと大事に生きなければならない。
今平凡に生活出来る幸せを改めて感じる今日この頃です。





8月のTODO見直し

平成30年8月8日作成
(平成30年9月1日 進捗を確認すること)
※実際は9月4日に確認した。


歴代天皇
藤原氏(実際は蘇我氏)がらみで調べるに留まる。

元号と同時代の出来事
日本の出来事のみ光仁朝まで調べる。世界史はなし。

奈良の政治家
飛鳥時代の皇親のみ調べた。しかし奈良時代までは至ら ず。
藤原氏系譜
結局未着手。藤原氏長者、摂政関白、太政大臣、南北式 京あってまとめるのに悩む。

把握しているのは
氏長者には三種の神器のような家宝がある。
太政大臣は後代、名誉職になる。
式部卿は官僚の人事を所掌するので有力な官職だった。

平家系譜
源氏系譜
鎌倉幕府歴代将軍
北条氏執権・得宗家系譜
室町幕府歴代将軍
三管四職
関東公方、関東管領
徳川歴代将軍
明治政府要人
歴代内閣総理大臣
以上は未着手。

他分野
キリスト教
なし。

荀子
勧学篇 書写了
修身篇 わずかばかり。
他篇 ちょこちょこ読む。議兵篇、天論篇など。
荀子が後世まで地元臨沂県で尊敬された事がわかる。
生真面目な文体だと感じた。
人の性は悪か善か?
(私見、仏教的には正負なく空というか、ゼロではない か)
という形而上の問いはさておいて、
乱世の中に平和な秩序を模索した人だと思う。
荀子はF.ベーコンやカントのような博物学者的な面が あると思う。

礼の概念には形骸化したり偽善的になる事もあるが、
その規を守れば、誰しも内心の自由を守れる。
私は古代シナ世界の儒教倫理をそのまま肯定するわけで はなく、現代社会における、全世界的な礼の確立が、
世界平和に到る道ではないかと感じる。
聖徳太子も十七条憲法で礼を重視している。
五行では礼は火の徳にあたる。
文明に火は不可欠である。

アメリカ大統領
なし

地理学
ケルハルト・ヘルムの「フェニキア人」を読んでいる。
私にとってフェニキア人はカルタゴのイメージが
強かった。
しかし、レバノンで栄えた民族でカルタゴは分家のよう なものだ。
発祥の地はなんとシナイ半島のベドウィンだという。
ユダヤ人と民族的に近しい。
カナン人である。
カナン人とそこに侵入してきたギリシア系の海の民が
フェニキア人の元になった。

彼らはレバノン杉を建築材、船材として
エジプトと交易する事を生業とした。
しかし、エジプトの王権が不安定になると
バビロニアとの交易も始める。

海の民とカナン人が混淆すると
フェニキアは独立し、竜骨船を建造して
地中海に進出した。喜望峰を回って紅海に到達
したらしい。彼らはジブラルタル海峡を抜け
モロッコやアイルランドまで航海した 。

英単語
なし

易経
着手できず

法律
なし
日本史の律令は多少ノートした。
公式令、古文書、詔勅関係。
天皇が裁断を下す際に、日付を書き足したり
大臣が連署したりする取り決めが興味深い。

釈尊の法(ダルマ)と荀子の礼

お釈迦さまの悟りとは
玉城康四郎先生はダンマ(法)があらわになる
とお経の訳を引きながらおっしゃっておられました。

荀子を読んでいますが、
礼=ダンマ(法)に置き換えると私にはしっくりします。

外交儀礼をプロトコールと言いますが、
IT用語になっています。
プロトコールで定められた通りにプログラムを設定しなければ意思疏通出来ません。

私は全世界に共通のプロトコールがあれば
いいのにと思います。

残念ながらグローバリズムは
アメリカ化か欧米化、はたまたこれからはチャイナ化です。

文明がそれぞれ独自のライフスタイルを維持しつつ齟齬をきたさないようなプロトコールは出来ないものだろうか?

歴史を省みればほとんどそれは絶望的で、不可能な課題ですが、地球が疲弊している時に人類がいがみあっていてばかりではいけないと思います。

これだけ密接に世界が結び付いた時代もないのですから、諸民族はそろそろお互いに折り合いをつけるべきではないでしょうか?

実は荀子の礼を至上とする考えに
私は最近希望を持つようになりました。
日本人的なのかも知れませんが、
孟子も荀子も憎めません。

荻生徂徠という人は荀子を孟子の足らざるところを補った人と評価していました。

しかし、朱子は「脱穀前の玄米のような思想であるから読んで学ぶには値しない」と弟子に語ったそうです。

日本人は論理的でなく情緒的だと言われますが、
ニュアンスで理解できるという長所もあるかと思います。

建前と共にニュアンスで相手を理解し合えるような
世界になればよいと思います。

朝鮮・韓国・中国の人との見解の相違も
遺伝子レベルではなく、後天的なものだとの
思いを強くしています。
互いの無知無理解が差別偏見を生むのです。

ただし、風土が培った悪習というのは
厄介なものなのは確かです。
悪習はいかなるコミュニティでも改善されるべきです。
よく理解せず悪習と断ずるのも良くないと思うし、

やはり、仁とか愛とかいう、温かい血が通った精神の発露としての礼でないと正しい分別はできないと思います。

これが非常に難しい事だと、私自身に絶望するのですが
この道しか人類の平和・繁栄はないなと
そう、思います。


石破茂惨敗か? 安倍三選、屋上屋を重ねる改憲、安倍の天下。

昼間なのに暗いような世の中だ。
行政に対する不信感だけが私は高まった。
灯の無い世の中だ。

でも、安倍政権の災害対応は酷すぎないか?
頑なに国会を開かないし、補正を組む気配もない。
張り切っているのは地方行脚で総裁選対策。
レジスタンスのような動きも党内にはない。

私は元々はノンポリだったが、
小泉政権で自民党が嫌いになった。
地方切り捨て、弱者切り捨てに思えたからだ。

彼はうまくて狡い。
政治家の言葉を軽くした。
竹中平蔵を重用した。
自民党の体質を変えてしまった。

ただ、手腕は評価する。
郵政解散は見事だった。
拉致被害者5人とその家族を取り返した。
潔さ、思いきりの良さがないと出来ない事だ。

それに較べて安倍氏はモリカケから逃げている。
安倍応援団はモリカケは石破の陰謀だと吹聴している。
石破茂と獣医師会は親密であるのは確かなようだ。
しかし、私は抵抗勢力、既得権益層とレッテルを張り
規制を緩和すればよいという風潮には強い抵抗感がある。

なぜならば、小泉改革で痛い目にあったからだ。
経済がデフレ局面で規制緩和をしたら
デフレが悪化するだけだ。

公共事業が必要である。
しかし、それは必ずしも大規模事業に限らない。
例えば公立校の教室にクーラーを入れる。

荒廃した中心市街地の区画整理を行う。
高速道や国道を作るときのように
地権者が立派な家を建てられるくらいのお金で
買い受ける。

行政が更地にしたら
建てるのは地方の民間資本だ。
バリアフリー、利便性、コミュニティセンター、
出張者にうれしい施設。
安いけど長く遊べる施設。
(例えば定額遊び放題ゲームセンター)
学生が集まれば活気もでる。

チェーン展開の大企業は
開発運営は地元に任せてテナントに入ればよい。
撤退もしやすい。

これなら私はパブリック・プライベイト・パートナーシップも大賛成だ。
行政・地元中小企業・大企業三者それぞれ
お互いに持ち味を活かせばよい。

ところが、今の大企業はウォルマート戦略ばかり
商店街を潰し、売れなくなると、撤退して
買い物難民を作り出す。

PFI方式は大企業同士のお友達が囲い込みをはかり
トリクルダウンも真っ青の中小零細企業や地元企業の閉め出しを行っている。

カジノはパチンコ屋撲滅の為に導入するらしいが、
それなら公営ギャンブルにテコ入れした方がよくはないだろうか?

何となくトランプのお友達のアデルソン氏が儲けるし、
更にパチンコ屋さんはむしろ新しいビジネスチャンスを感じるだけではないか?

。。。しかし、石破氏は惨敗だろう。
安倍三選は確実だ。
インスタ映えを狙っている総理。
余裕だ。

更に改憲まで進めるし、
衆参ダブル選挙もある。
議席を確実に減らすと言われた昨年の選挙も勝った。

安倍氏は屋根の上に屋根を葺く改憲をしようとしている。

実態に合わないルールは
現場の自衛官の苦悩を増やすばかりだ。

嘆かわしいことだ。

乙巳の変(権力の推移を中心にしたノート)

推古朝の時代は蘇我氏全体の極勢期と言える。

記紀によれば、
葛城氏、平群氏
大伴氏、
物部氏などが主要豪族だったが、
蘇我氏は大王の后を多く出す事で
外戚としての地位を確立して
実権を握った。

他に朝廷の財政や渡来人との結び付きが
強かったのも背景にあると思われるが、
やはり大王の外威としての立場が
生命線であったように思われる。

推古天皇には実子に竹田皇子がいたが
夭逝してしまった。
聖徳太子も長く皇太子として政務を見たが
推古天皇より先に亡くなってしまう。

推古天皇が皇嗣を定めずに崩御したことが
蘇我氏の衰微の発端となった。
蘇我蝦夷らの裁定により、
欽明天皇嫡流の舒明天皇が即位したが
舒明天皇の生母は蘇我氏ではなかった。

蘇我蝦夷という人は、バランス感覚がある人だったかもしれない。
中臣氏や大伴氏、物部氏ら他氏族の意向も尊重したのだろう。

しかし、蘇我系の皇子は山背大兄皇子や
古人大兄皇子もいる。
蘇我氏内部でも異論があったのではないかと
私は考える。

その後舒明天皇も在位年が短く
崩御する。
皇后が皇極天皇として即位するが、
皇嗣問題の難しさ故の「つなぎ」の即位であろう。

ここで、山背大兄皇子を蘇我入鹿が攻め滅ぼすという
事件が起こる。
私見であるが、蘇我本宗家と他の蘇我氏との内紛の
側面もこの事件にはあったのではないか?

若く、野心家の蘇我入鹿は他の氏族は恐るるに足らず
蘇我氏を掌握し、祖父の馬子時代のように
大王の外戚として権力を振るうべく
山背大兄皇子よりも御輿に担ぎやすい皇族
(例えば古人大兄皇子など)を探していたのではなかろうか?

蘇我蝦夷・入鹿親子は露骨に権勢を誇るようになるが、
蘇我入鹿の朝廷掌握を急ぐとともに
他氏族からの反発に対して警戒もしていただろう。

この蘇我本宗家に反発した蘇我氏族の代表格が
倉山田石川麻呂だと思う。
また、舒明天皇の皇子である中大兄皇子、
中臣鎌足(蘇我氏に排除されてきた他氏族)
彼らの後ろ楯として軽皇子(皇極天皇の兄)がいて
645年の乙巳の政変は起こった。

軽皇子が即位し孝徳天皇となり、
皇太子に中大兄皇子がなったが、
中大兄皇子はまずは聖徳太子のように
政治の実権を握る事を考えたに違いない。

孝徳天皇は皇極天皇の兄であるが、
皇位継承の面から言えば、
中大兄皇子の方が嫡流である。
だから孝徳天皇も「つなぎ」の天皇に
なるはずだった。

しかし、孝徳天皇にも皇子がいた。
有馬皇子である。
孝徳天皇は即位後、皇太子である中大兄皇子でなく
実子である有馬皇子を皇嗣にしたくなったに違いない。

その辺りの確執が
皇極上皇や中大兄皇子の飛鳥還都に
つながったのではなかろうか?






山峡の家に咲く百日紅を見て詠む

山越えの道の端なる百日紅狂いし夏も健やけく咲く

今年の夏は暑い時はバカみたいに暑く
涼しい時は肌寒いくらいです。
雨は極端に大雨だったり
旱だったりします。

そんな中でも百日紅の花は
元気に咲いているように見えました。

百日紅の花は緑濃い夏の景色に
彩りを添えてくれる花です。

私は一年通して、梅の花が好きです。
梅の花は他の花に先駆けて咲き、
春の訪れを皆に告げます
寒の戻りにも堪え続け、
やがて春の季節が確かなものとなる頃、
暖かな日差しの中でハラハラ、ヒラヒラと
楽しげに散っていく。

花の香りも甘酸っぱく、
梅の実も美味しい。
梅酒も好きです。

父祖の地和歌山は梅の産地であり
菅原道真公の愛した花でもあります。

私がいなくなっても梅や百日紅が美しく咲く
日本国であって欲しいと願いますが、
所詮は諸行無常です。
遠い未来に弥勒菩薩が悟りを開くところは
竜華樹という木の下だそうですが
56億7千万年後の沙婆世界に咲く竜華樹の花も
見てみたい。

一体どんな花なんだろう。

仁愛と憐れみをもって世を照らす秋の太陽が

仁愛と憐れみをもって照らすはずの太陽が邪悪と暴虐の光で地上を覆う。
この邪悪な謀をいつの日か阻止しよう。
よい考えや意見には従わず、本当は良くない意見を良いものとして用いている。
私はこのような政治の有り様を見てとても心が傷む。

都合のよい時はくっつき合い、かと言って裏では罵り合う、とても悲しいことだ。
国の為になるよい意見は反ってみんなで握りつぶし
国の為にならないよくない意見にはみんなして従う。
このような政治の有り様ではどうして行き着く事ができようか?

私は憂いにまかせて何度も亀卜を行い、
亀卜も私に指針を与えてくれなくなった。
あれこれ意見をいう者は山ほどいるが、
決して一致結束することはない。
発言は宮廷に様々満ちているが、誰も発言の責任をとろうとしない。
地図も見ず、下調べもせずに旅に出るようなもので目的地に辿り着くことも覚束ない。

悲しいことだ!
政治を行うのに先人の良き例にならうことなく、
大事業を計画するなどと言っても
大きな道理には従わず、
目先の話、身近な者の意見ばかり聞き、
卑近な事、些末な事でばかり争っている。
道路の上に家を建てようとするようなものだ。
(みんなが使う道の上に家を建てたのでは
往来の者が大迷惑である。)
だから、その家は出来上がる前に、
(往来の人々の怒りを買って)
撤去されてしまうだろう。

国は安定しなくても、聖人が存在する時もあればいないときもある。
民草は豊かではなくても、知恵のある人、アイディアを持っている人、厳正な人、人格の立派な人はいるものだ。
これらの人々が泉から湧き出る水の如く現れて
お互いに協力し合うから国家というものは滅びないのだ。

(国政に携わる者は)
虎に素手で立ち向かったり、大河を歩いて渡るというような無謀な事をしてはいけない。
人は1つの物事に通暁していても他の事は知らないものである。
だから国家の政は深い淵に近づくように、薄氷の上を踏むように恐る恐る慎重に進まなければならない。

この詩は今の御政道を批判したものではありません。
荀子の修身篇に一節が引用されていた詩経の小雅・小旻(しょうびん)という詩を私なりに意訳したものです。

この小旻という詩は、
周の第十二代の幽王を諌める為に作られたと
言われています。

周の幽王にはホウジという美しい妃がいたのですが、
全く笑わない女性だったと言われます。
幽王はホウジの笑顔を何としてもみたいと
あれこれ手を尽くします。
絹が裂ける音を聞くとホウジは少し微笑んだので
幽王は国中の絹織物を引き裂かせました。
幽王は妃の機嫌を取るために理不尽な事ばかり行ったので政治は乱れ、人心は離れて行きました。

極めつけは、ホウジを笑わせるために
異民族の来襲時にだけあげる狼煙を頻繁に上げさせたことです。
ある時、誤って狼煙があがり諸将が
勇んで駆けつけたのですが誤報だと知らされて
諸将はみな肩透かしを食った顔をしました。
その表情をホウジが見てケタケタと笑ったのです。

幽王は気を良くして、
たびたび何もないのに狼煙をあげさせ
諸将を集めましたが、
笑われる諸将にとってはたまったものではありません。

幽王が狼煙をあげても
誰も信じなくなりました。

幽王には別に正妻と太子がいましたが、
ホウジを喜ばせる為に正妻と太子を廃して
ホウジの子を太子にしてしまいました。

廃嫡された王子一派は異民族と手を組み
周の都を攻めました。
幽王は諸将に知らせるべく狼煙をあげましたが
誰も本気にはしませんでした。

周の都は異民族に蹂躙され
幽王とホウジの子は殺されて
ホウジも異民族にさらわれて行方知れずとなりました。

紀元前771年の事です。
周はもともとの都鎬京が破壊された為に、
東の洛邑に都を移しました。
幽王までの周王朝を西周といい、
洛邑遷都後を東周といいます。

この約2800年前の古代人の嘆きが
現代でも色褪せないように思うのは
果たして喜ぶべきなのか?憂えるべきなのか?

蘇我氏

万葉集の冒頭は
雄略天皇と舒明天皇の歌で始まります。

舒明天皇は天智天皇と天武天皇の父であり、
奈良時代は天武系の天皇が続き、
孝謙女帝崩御の後は天武系が断絶。
天智天皇の血筋を引く白壁王が
光仁天皇として即位し、現代の皇室につながります。

舒明天皇は天智・天武両帝の父であり、
また、欽明天皇の嫡流になります。
系図的に見ると用明天皇、崇峻天皇は
敏達天皇の弟にあたります。

用明天皇、崇峻天皇、推古天皇は
庶流にあたると考えられ、
敏達天皇の嫡子・忍坂彦人大兄皇子の
血脈が正統であるとの意見が根強かったと思われます。

用明天皇の皇子である聖徳太子、
その子の山背大兄皇子が皇位に即かれなかったのは
その辺りの事情があるかも知れません。

また、忍坂彦人大兄皇子は茅渟王という王子も
もうけていて、斉明天皇と孝徳天皇の祖父でもあります。

舒明天皇は欽明天皇嫡流として
重要な血筋にあたるので、万葉集の二番目に歌が
載っているのかも知れません。

さて、私は雄略天皇は古代日本の最盛期の大君だったのではないかと考えます。
即ち倭王の武であり、ワカタケル大王の事です。
479年、502年と梁書・南斉書に遣使の記録がありますが、その頃に日本の岩手県南部~朝鮮半島南部にかけて
雄略天皇は勢力を広げていたと考えます。

もっとも、その支配は磐石ではなく、
聖徳太子の登場する時代には
朝廷の権力は次第に退潮していたのではないでしょうか?

古代的な氏族制度の王権は東アジアの情勢に対応出来なくなり、シナ大陸の律令制度という中央集権システムに
移行しようとしたのが、飛鳥・奈良時代ということになるのでしょう。

隋唐の文物・制度を取り入れる担い手となったのが、
飛鳥時代の蘇我氏と奈良時代の藤原氏です。
この2氏は天皇の外戚として権勢を振るった点も似ています。

諸豪族の連合した神権政治から
天皇の世襲が固まった集権政治に移行し、
職能でなく、外戚として権力を掌握する先駆けとなったのが、蘇我氏であり、藤原氏はそれを真似たのかも知れません。


蘇我氏は蘇我氏自体が渡来人である
との説があったようですが、その説は現在は否定的です。
記紀によれば孝元天皇の三世の孫
武内宿禰の子、蘇我石川が蘇我氏の祖とされます。

○蘇我石川宿禰
応神朝の人物とされる。

○蘇我満智(そがのまち)
履中天皇二年、執政官となる。
雄略天皇の御代に三蔵を
(斎蔵(いみくら)、内蔵(うちくら)、大蔵(おおくら))を
検校させるとの記事あり。
彼の代から朝廷の財務を蘇我氏は管理していたようである。

○蘇我韓子(そがのからこ)(~465年)
465年 新羅征伐に参戦し紀大磐と不和になり、
いさかいの中で溺死。

○蘇我高麗(そがのこま)(生没年未詳)
業績の記録なし。
(私見・韓子と同一人物と考えられないか?)

○蘇我稲目(506?~570)
宣化天皇(535~539)
欽明天皇(539~571)
の二代に渡り大臣となる。

物部尾輿と権勢を競い、
仏教の受容を巡り対立した。
この争いは次の世代の
物部守屋(もののべのもりや)の
討伐により決着した。

○蘇我馬子(そがのうまこ)(550?~626)
敏達天皇、用明天皇、崇峻天皇、推古天皇に大臣として
仕え蘇我氏の最盛期を現出した。
邸宅の庭に島を浮かべた池があったことから
嶋大臣の通称がある。

○蘇我蝦夷(そがのえみし)(?~645)
豊浦大臣の通称がある。
叔父である境部摩理勢(さかいのべのまりせ)を殺害し、
甘樫丘に邸宅を営みミカドと呼ばせたり、
息子の入鹿(いるか)に紫の冠(官位十二階では最高位の色)を授けたり、弟に物部大臣と名乗らせたりした。
乙巳の変で入鹿の死を知り自害。

○蘇我入鹿(そがのいるか)(?~645)
父蝦夷と共に権勢を誇り反感を買う。
乙巳の変の二年前には、山背大兄皇子を討ち
一族を自害に追い込む。
また、畝傍山に城塞を築く。
645年に飛鳥板葺宮で中大兄皇子、中臣鎌足らに
討たれる。

蘇我本宗家は入鹿で断絶。

○蘇我倉麻呂(そがのくらまろ)
蘇我馬子の子。

○蘇我果安(そがのはたやす)
壬申の乱で近江方に与し自害。

○蘇我日向(そがのひむか)
蘇我石川麻呂の謀反を讒訴。

○蘇我連子(そがのむらじこ)
蘇我氏の血脈を後代につなぐ。
娘の蘇我娼子(そがのしょうじ)は
藤原不比等の妻となり、
武智麻呂(藤原南家)
房前(藤原北家)
宇合(藤原式家)の母となった。


○蘇我赤兄(そがのあかえ)
有馬皇子に謀反を唆す。
壬申の乱の後流刑。

○蘇我倉山田石川麻呂(そがのくらやまだのいしかわまろ)
謀反の嫌疑をかけられ山田寺で自害。

○蘇我安麻呂
病床に臥す天智天皇を見舞う大海人皇子に
「よく考えて返答をするよう」忠告する。
石川石足(いしかわのいわたり)の父


以上、蘇我氏の歴代です。
古い歴史には不可解な点も多々あります。
私たちはサスペンスのように事件の黒幕を探したり、
悲劇の英雄に心を寄せたりしますが、
全て引っくるめて、先祖の叙事詩だと私は考えます。

このことを考えるとき
時代は違いますが、
崇徳上皇の
瀬をはやみ岩にせかるる滝川の割れても末にあはんとぞおもふ。

という歌や、

原敬の
「誰か朝廷に弓引く者あらんや、戊辰戦役は、政見の異同のみ」
旧南部藩士戊辰殉難者50年祭における祭文
の言葉が私は頭に浮かびます。

私はそんな風に歴史を捉えたいです。