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参院選も衆参ダブル選になっても期待できないと思う。

日本がよい方向にはもう行かないという点で、
今度の選挙は期待できない。

日本政府、安倍政権はもうきっとよくならない。
小選挙区制と二大政党制(旧民主党系を1つの政党とみなせば)、集票力のある公明党と自民党が強く。
野党が勝つためには無党派層が動かなければ、
両院とも自民党が圧勝すると思う。

敗北しなければ、安倍総理はどんなに政治的に失点を重ねようともびくともしない。
官僚組織と政治家の腐敗はもう止められない。
国益は著しく損なわれる。

安倍信者や安倍応援団は嬉しいかもしれないが、
安倍信者もある程度富裕でないと恩恵はないと思う。
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相去地区の拓魂の碑に思いを馳せる。

北上南部工業団地内の公園にある相去拓魂碑を見て詠む。

鬼薊工業団地の拓魂碑

この地区に戦後の食糧難解消の為に
入植した開拓者の人々の記念碑。
今この地には山林原野の面影はなく、
近代的な工場や倉庫が立ち並ぶ。

戦後の食糧難から、高度経済成長時代。
バブル期頃からの日本人の米離れ、
地方への工場誘致による町おこしの時代。
世の中は移り変わっているが、
山野を拓き、荒れ地と格闘した人々の精神を
失ってはならないと思う。

鬼薊は開拓者の人々の苦闘の日々と
反骨精神を象徴している気がした。

避妊具の自販機(自句自解)

「俳句はさらりと詠んで深く読まれる」と
私はある俳句の先生から教わった。

不肖の弟子である。
いや、師弟関係など嫌いな先生だったので
友人の息子に過ぎなかったのかも知れない。
俳句を作るときに私はいつも先生はどんな顔をするだろう。
どんなコメントを言うだろうと、おっかなびっくりに、しかしながら、わくわくと楽しみにも、していたものだった。

先生が亡くなられてから大分経つ。
しかし、面白い句が出来た瞬間に真っ先に見せたい人は
今も変わらず山口剛先生ただ一人である。

先生と大真面目に俳句の話をする機会はそれほど多くはなかったが、句会で誉められた事や句誌で一席をとった時の嬉しさ。亡くなる直前に頂いた激励の手紙と叱咤の手紙は大切な財産である。

コンドームの自動販売機があるのだということを私は知らなかった。諏訪神社に夜に散歩に行く途中、営業を終えてシャッターを降ろした一軒の薬局の前にポツンと突っ立っていた。

遠目にはぼんやりとした光であるが、
横切る時に「うん?」と思うくらいしっかりした存在感があった。

「何だろう?」と思い二度見してしまったが、
Happy Family Life の文字と商品のパッケージに
「ははあ~ん」と納得した。

ところが、今のご時世、コンドームを買うのはコンビニやドラッグストア、さもなくばAmazonなどの通信販売であろう。
少しネットで調べてみたところ、日本国内では数が激減しているのだそうだ。
(逆に台湾やカナダでは自販機の数は増えているのだという。)
道理で昭和の時代を感じさせるレトロな佇まいである。
少子高齢化が大問題となっている令和の世に
「明るい家族計画」を支えるために夜の街にぽつねんと立つ「避妊具の自販機」に私は何とも言えぬ郷愁、哀感を感じたのであった。

俳句にしてみたら面白かろう。
さて、どう料理しよう。四五日思案し、
「避妊具の自販機一つ」という上五中七を得た。
しかし、季語が浮かばない。
散歩をしながら梅雨の走りのこの季節、あるいは花や木の名を持って来ようとしたが、「避妊具の自販機」というパワーワードに負けてしまうのだ。

その時に思い浮かんだのが、
冒頭に掲げた俳句の師・山口剛先生から教わった言葉なのである。
「俳句はさらりと詠んで深く詠まれる」

この言葉から私はこの句に季節性を持たせる必要性はないと考えた。コンドームの自販機はそれほど多くないのだから読者にはこの一語だけで具体的情景がそれぞれ浮かぶであろうと目論んだ。

ならば下五は軽い方が良かろうと考えた。
東北の地方都市の一情景としても
東京や大阪などの繁華街の中の一情景としてでも
あるいはその他の場所でも読者に自由に想像して欲しいと「夜の街」という言葉にした。

だが、自信がない。
置きにいった感もするからである。
その辺りの話を剛先生だったらどう答えるだろうと
私は心から思うのだ。

「しょうもない句だねえ。。。」
などと言いながら馬鹿馬鹿しい下ネタに応じてくれるだろうか?

「この季語にはこの一句」というくらい正統派の句を詠んでみたいと思うし、
どんな題材も自在に詠める人間にもなりたいと思う。

そんな私に先生はきっとこう言うだろう
「こんな句で満足するな」
「どんどん作れ、どんどん捨てろ」
と。



6月11日(火曜日)~6月16日(月曜日)

6月11日 己卯 月曜日
大戦略2 PSP版をやり直す。
キャンペーンモードとかシナリオモードが好きなのだが、IQ軍兵器が弱い。(いやこのゲームは機先を制さないと生き残れないらしい。

空中給油機がまだ出てこない。
ヘリ中心である。
ヘリも先制攻撃有利である。
とにかく部隊全滅を気にしていると
勝ちきれない仕様のゲームだ。

6月12日 庚辰 水曜日 晴れ
このゲームは、ボコり会う消耗戦を確保すべきか?
エイブラムス戦車が欲しい。
韓国制兵器がゲーム内では優秀だ。
歩兵車、トラック、補給車の攻撃で
敵の歩兵を一瞬で全滅させられる。
日本は、、、74式戦車がコスパが良いです。


6月13日 辛巳 木曜日 天気 本日洗濯日和
花水木と言えば一青窈さん、ですが
槇原敬之さんにも同名の名曲があります。
前奏から切ない。

ワシントン市に桜を贈ったお返しに
東京市に送られたのが花水木。
街路樹になっていたりする。

さて、一番好きなゲームメーカーは光栄だ。
下手くそだが、好きだ。
内政にはまり、天下統一が面倒になるタイプ
戦争フェイズが好きなので、
三国志シリーズでも、信長の野望でも
兵科を増やして欲しい。

兵科の単調さを補うのが登場人物の多彩さなのだろうが、弱い勢力でやると人材不足で内政も進まない、
登用しても来てくれない。
(多分そこが魅力なんだろうと思う。)

防衛する必要のない空白地を作るのが苦手で
武田、上杉、北条、毛利でもクリアした試しがない。
高坂とか馬場とか真田とか主力が留守の間に手薄の甲斐を攻められて武田信廉が捕虜になり斬られたりするので
やる気を無くしてしまう。

唯一統一したのは織田・島津。
姉小路とか里見とか神保とか阿蘇とかで挑む
人には羨望と尊敬の眼差しを向けてしまう。

飽き性なので相性が良いのは太閤立志伝だ。
大航海時代もいい。
チンギスハーン4も良かった。
あのマップの広さと、都市建設の自由度がグッド。

戦国時代、三国時代
兵器のバリエーションは少ないかも知れないが
弩兵と弓兵
軽騎兵と重装騎兵
歩兵の槍と剣など
性能にメリハリをつけて
軽騎兵は機動力抜群。重騎兵は強いけど遅い
とかにしたりすると個人的に楽しいかも知れない。

ゲームの話は罪がなくてよい。
真面目な話もかく。

ボーッとするのは生産性を高めるらしい。
私はながらスマホが好きだ。
動画を見ながら、ゲームを片手に飯を食う。
理由は時間が勿体ないと思うからだった。

ところがとんだ大間違いだった。
日曜朝の健康番組でスマホ依存による脳疲労が
取り上げられていた。
私のやっていることは、脳には最悪らしい。

心理学の本でよんだことがあるが
女性はマルチタスクに向いている脳をしている。
子供を近くに遊ばせながら仕事をしてきたため
左脳と右脳をつなぐ脳幹が男より広く進化したためだという。
逆に男性はいざと言うときに命がけで獲物をとったり
家族を守ったりするために余計な恐怖を感じず一事に集中しやすい脳になっているそうだ。

つまり、口を動かせば手が止まり、手を動かせば無口になる私は「ながら行動が苦手」なのに
余暇時間を有効活用しようとして必要以上にくたびれていたらしい。(´・ω・`)

なるべくシングルタスクを心がけたい。

6月17日 月曜日 乙酉

6月14日 金曜日 壬午
6月15日 土曜日 癸未 曇りのち雨 どしゃ降り
6月16日 日曜日 甲申 雨のち曇り どしゃ降り風強し

この三日間記録せず。
夏風邪を引く。喉と鼻に来る風邪。
大谷翔平選手の大活躍に舌を巻く。
(安倍総理は何か理由をつけて会いそうだ)
豪速球を投げるピッチャーでもありながら、
野手としてサイクル安打達成。

素晴らしい。岩手日報も気合いを入れて報道している。
岩手の高校野球は弱かった。
菊池雄星擁する花巻東が春夏ともに旋風を起こして
未来を切り開いた。

南海キャンディーズの山里さんと蒼井優さんの結婚も
おめでたい。

今夜は天体ショー。
満月に惚れ惚れ、右に木星、左に土星。

大阪の方の交番で痛ましい事件。
元自衛官だった。人の殺めかたを知っている。
周到な正確性、恐ろしい。

中東がキナ臭い。

対立軸が何本もあり複雑だ。
トランプは親イスラエルで
イスラエルはかつてはイラク
またイランの核開発を実力で妨害してきた。

石油利権、ロシアの南下圧力と
地元の社会主義、共産主義的民主化運動
それに反発するイスラム原理主義
スンニ派、シーア派の歴史的対立

訳が分かりません。


F35の事故原因はこれか?

出典:Gigazine
2019年06月14日 07時00分00秒
ステルス戦闘機F-35が抱える11の問題点


(軍事情報を扱うニュースサイトDefense Newsが独自入手したF35が抱える11の問題点より筆者抄出)


問題点7:
F-35では、機体の周囲360°を見られるディスプレイがヘルメットに付属しているのですが、夜間など低照度条件での飛行時、暗視ディスプレイに「グリーングロー」と呼ばれる緑色の線が表示され続けることが報告されています。

ロッキード・マーチンによると、この問題は有機発光ダイオードを用いた第3世代ヘルメットで解決されるとのこと。

問題点8:
問題点7と類似したものとして、ヘルメットのディスプレイに送られる映像に、夜間の特定状況下で、水平線が不明瞭になるほど水平方向に縞模様が入ることがあるとのこと。

この問題も問題点7と同様、第3世代ヘルメットで解決される見込みです。

パイロットの空間識失調の原因はヒューマンエラーではなく「パイロットが装着していたヘルメット」の不具合が原因ではないだろうか?

ソースの信憑性がどのくらい高いのかは、私には判断できないが、空間識失調と因果関係がありそうな問題点だと軍事素人だが思った。

外交上手の安倍首相という虚構フィクション

恥かくだけなんだから、静かにしてればいいのに、
「金氏と会う」とか、ハメネイ師にあったとか、
会っただけでは外交とは言わない。

今の政権を評するに八字で事足る

掩耳盗鐘(漢辞海596下)
夜郎自大(漢辞海328上)

一事が万事これだから困る。
プンプン。

6月3日(月曜日)~6月10日(月曜日)

令和元年

6月3日 辛未 月曜日
問題に「打ち勝つ」でなく問題に「向き合う」
ことの方が大事だと最近思う。

私はゲームが好きだし、スマホ依存症であると思うが、
このような人は急増しているようだ。
大変深刻な問題であるが、ファミコン世代、デジタルネイティブ世代にはスマホを日常から取り上げるのは現実的ではない。

しかし、スマホ依存症になると
睡眠不足・不眠
脳の血流の悪化
視力の低下
など身体的悪影響が出るし、
人間関係がおっくうになる。
物事に意欲がわかなくなる。
物忘れが激しくなる。
などの症状につながるらしい。

最近見るニュースにも「今までなかった」事案・事故が多く、スマホ依存症との因果関係を疑ってしまう。

問題点は
①光源を凝視する媒体であること
②ゲームにはまり過ぎると日常生活に支障をきたすこと
③脳に負担がかかりすぎること
④①②③の理由で体力を消耗し社会性を失っていくこと

解決案としては
①簡便な映写機型端末の開発
②ゲームシステムの大幅な改善
(1)リアルの世界とつながっている方がゲームを有利に進めるしくみを作る。
(2)企業、学校、地方自治体などとゲーム運営会社が連携し、営業成績や、スキルアップ、税金の申告など
社会的な善行を行った際に他のプレイヤーより有利に進められるシステムを作る。
(3)ゲーム内で脳の休息や活性化を促す工夫を盛り込む。
(4)引きこもりには手厚いインセンティブをつける

など。
難点は誰が音頭取りになって最後までやり抜くかである。収益を得るシステムが複雑になるし、
新ビジネスが軌道に乗らなければマルチ商法に堕してしまう。


6月4日 壬申 火曜日

引きこもりをめぐる犯罪相次ぐ。他人事でない。

この問題は、本人の心と周囲の理解のどちらにも原因課題があり、解決は容易ではない。

私は自己分析に占いを使っている。
ジョハリの4つの窓のうち、
特に「本人も他人も気づいていない自分」を
知るために有益と思うからである。

甲木日干の私は周囲の影響を良くも悪くも受けやすい。
その事に気づかないできた。
「気楽にやろう」、「うまくやろう」、「ばれなきゃいい」などの言葉に弱いのだ。
また、周囲の怒り、恨み、嫉妬などにも影響を受けやすい。

他人からだけでなく、自分の中にある悪心が呼応して、
堕落していく感覚だ。
そして立ち直るのに時間がかかる。
うつになってからは怒ったり興奮すると翌日必ず体調を崩す。

霊媒体質と言える。
かといって霊能者になれるわけではない。
修行が必要なのだという。
ヒーラー育成講座を検索してみて私は何か違うと感じた。
やはり、修験道や禅寺、高野山で修行すべきである、、、と思うと、わざわざ行く必要はないだろうと思い直す。

ご縁があれば、必ずそのような道場にたどり着くだろうし、直心是道場であると維摩居士も言っている。
また、私は俗っ気が強い人間だ。
ヒーラーとか占い師とかを生業にしたらきっと不善をなす。

と、いうことで日常生活で掃除と運動と仕事と勉強を頑張ることにした。
そして、他の人を癒すことの出来る人間になりたいと思った。

私の場合はこのようであるが、
人は様々であるので、引きこもりの人本人が向き合わなければ究極的に解決はしないとは思う。

しかし、周囲の人の支えがないと辛いところもある。
家族のお陰で支えられている。
引きこもりの人が日常過ごしているのは、
ネットだったりする。
SNSやゲーム業界は市場規模の維持、プログラマなどの人材確保の観点から、このような人々を支援しなければならないと思う。

モニタのバックライトに目をやられない
端末の開発が急がれるかも知れない。


6月5日 癸酉 水曜日

記録なし 終日体調不良か?
オウム事件の動画を聞いていたような気がする。
偽物と本物の違いは何か?


6月6日 甲戌 木曜日
本物の仏様に関しては法華経に詳しいと思う。
三車火宅、化城、長者窮子。
高血圧の患者に低血圧の人の薬を処方してはならないように、衆生の機根に合わせて仏様は適切に教えを説く。

偽物は横着だ。患者を見るも見ないで勝手に診断する。
これが、カルト、婬祀、邪教の類いである。
それから、見てくれを誇る。
教えは筏のようなものであって、河を渡れば捨てられる。浮いて、安全に川を渡れば良いだけなのに、
偽物は、筏の豪華さや、立派さを競い合い。
定員とか安全性とかは考えない。

結果、立派な偽物の大きな筏は河の途中で沈没する。
大勢こっちに乗っているからと言って安心は出来ないのだ。

古くからあり、質素であり、簡便な教えが無難なのだろうか?


6月7日 乙亥 金曜日 雨降り
カタツムリが歩道をゆっくり歩いていた。
立派である。迷妄の心はきっとないのだろう。
この世界は美しい。

弥陀仏の光に逢えば有漏路往く吾の耳にも法の鶯

相去の洞泉寺を参拝する。
相去城という中世の城があった。境目の城だったようだ。

6月8日 土曜日 丙子
TBSがオウム真理教の幹部である早川清秀に
坂本弁護士のインタビューを放送前に見せていた事を知った。これが発端になったかわからないが、坂本弁護士一家殺害事件は一連のオウム真理教の凶悪な暴走の引き金になった事件で、この時にTBSは操作当局にその話を通報しなかったという。

地下鉄サリン事件発覚後、早川清秀は坂本弁護士のインタビューを事前に見たことを供述したことにより事が発覚したが、なんとTBSはそれを否定した。

報道とは何か、考えさせられた。
また、オウム真理教の呆れるほどのノリの軽さと
彼らが引き起こした事件の闇の深さにゾッとした。
麻薬に関しては北朝鮮と、武器・サリンに関してはロシアと、つながっていた。
また、オーストリアでサリン噴霧の実験を羊を使っておこなっていたという。

当時中学生だったので、記憶が定かではないが、
日本史上に残る犯罪事件でありと改めて思った?

6月9日 丁丑 日曜日

闇営業が話題になっている。
仕方がないめんもあると思う。
吉本興業は給料が安いことで有名だし、
暴力団は社会の必要悪として社会のグレイゾーンを
とりしきってもらったほうが良いのではないかと思う。

日本のヤクザが弱体化したら
中国のマフィアがやって来た、、、では何とも残念だ。
治安は悪化しているのか、良くなっているのか?

今の政府の統計は信用できない。
凶悪犯罪が減っているのではなく、把握できていないだけとかだったら恐ろしい。

芸能界と裏社会とは興業を行う上で切っても切れない関係があると思うので、よい塩梅はないかと思う。


アイドルは恋愛禁止というのも私には理解できない。
アイドルのファンならプライベートも含めて応援してあげたらいいじゃん。と思う。
彼氏がいるとしたら、商品価値が下がるという大人の打算が腹立たしい。

6月10日 戊寅 月曜日
やる気がわかない。
まず、部屋の汚さがやる気をそぐ

ちょっとしか掃除をしないでみる。
区域だけ整頓し、そこだけは完璧を期す。
ことさらゆっくりと行動を開始する。
丁寧さを意識する。


日記を週一回アップするのも正直面倒だ。
書き散らかしたメモを原稿にして
それを入力したので二度手間だった。

やはり「小さく」「丁寧」「完璧(手戻りなし)」が
一番なのだろうか。
いろいろ生かしたい

戦争に勝利するとはどういうことなのだろう。

兵は国の大事。
失敗すれば、敗れれば自国が滅びる。
そこで相手国と我が国の五項目を比べる。

道・・・政治の公正さ
天・・・どちらにタイミングが良いか
地・・・地の利はどちらにあるか
将・・・軍人はどちらが強いか
法・・・軍規はどちらがよく守られているか。

道は、国民が一致結束して為政者と運命を共にしようと
させることであるので、
短期的には国民に与える情報を操作し、
為政者への忠誠を高める方法もありである。

私はこのような策も有効であると認めつつ、
その効果は長い目で見れば限定的ではないかと考える。
特にも高度に情報化した現代社会では、煽動は事後にばれるのが早い。

煽動により国論を動かすやり方は、
二度三度と繰り返すうちに国民にも耐性が出来、
効果は減衰していくと思う。

私の考える理想は、
上杉謙信的な軍であろうか?
大義名分を重んじた。私利私欲の戦はしなかった。
これは、非常に損な戦いかたに見えるが、
生涯戦に負けたことのなかった。秘密は
敵から余計な恨みを買わず、味方も気持ちよく戦えたからだと思う。
パフォーマンスもあると思うが、
上杉謙信というネームバリューを維持したことが
上杉軍の強さの秘訣だったと私は考える。

さて、戦闘行為ばかりが戦争ではない。
兵站と戦後処理が大事である。

戦争を始めるにあたっては大義名分と士気。
戦争の勝敗を決するのは作戦と兵站。
戦争の成否を決めるのは戦後処理であると
私は考える。

まず、大義名分と戦後処理のあり方が一致していないと
占領地の治安は安定しない。
また、戦争中の作戦や自軍の振るまいが
苛烈であれば恨みは長く残る。

戦後処理は大変コストがかかる。
戦争自体よりコストがかかる。

日本は平和国家になった。
予防的に侵略戦争などは出来ないだろう。
攻めてこようとする戦意を挫く抑止力を持つべきだろうと考える。

軍艦、航空機、核ミサイルと
抑止力を持つ兵器は変わってきた。
航空機からミサイル兵器に移り変わる過渡期のような気がする。

時空を歪ませるバリアーのような兵器が開発されない限りミサイル兵器は長く抑止力の主役になりそうな気がする。

日本にとっての戦争の勝利とは、
そもそも攻め込まれないことかも知れない。
経済面の侵略もある。

日本流のビジネスモデルを優れた武器に改良しなければならない。
経済戦争の攻守逆転は日本の提案が他国より魅力的なことだろう。

コストパフォーマンスの良さ、
アフターフォローの充実、
地域ごとの実情にみあったカスタマイズの実現など。
他社との差別化を測りたい顧客のニーズに応えるなどが
武器なのだと思う。

彼(ライバル社、顧客、従業員)を知り、
己を知らば百戦危うからず。
先進国は国際規格で押し売りする。
日本はそれを受け入れるだけでなく、
自ら規格を創造してデファクトスタンダードになり、
国際規格の有名無実化をはかるくらい野心的でないと
厳しいと思う。

この動きには先進国は敏感だ。
彼らのやり方を研究し、隙をつく方策を考える事も必要だろう。



令和元年5月27日(月曜日)~6月2日(日曜日)

※ブログやら、何やら構想し出して今年で5年になる。
六十花甲子で自分なりの時間軸を持ち活動履歴(外に出ないで活動と言えるのか(苦笑))を記し、今後に活かすのは意味のある事だと思う。

私にとっての活動開始年は2015年であった。
チャンネル桜を視聴し始めたのは大体2014年頃か?
私は基本的に政治に関心はなかったが、
元から右派的な考えに共鳴していた。

私には父の影響が強い。
父は歴史が好きだったが、原始時代と縄文時代の図鑑の
イメージに強い憧れを抱き、
共産思想に関心を持った。

元々権力に従順ではない人で、
学生時代は教師に強い反感も持っていた。
また、心の救済を求めて様々な新興宗教に興味を持ち、
結局我が家の宗旨である浄土真宗の熱心な信者になった。

妹の死は
私たち家族に「信仰というもの」を身近なものにした。
唯円坊が記した親鸞聖人の言行録の歎異抄と、
真宗中興の祖と言われる蓮如が弟子たちに書き送った
御文を丹念に読み比べ、父はラジカルな親鸞原理主義者になった。

非僧非俗、自然法爾の親鸞晩年期の境涯と
現実の浄土真宗教団の組織化された実態に
強い違和感を感じたのである。

浄土真宗は特に厳しい修行はなく、お坊さんは世俗的な営みをするが、命綱は念仏と阿弥陀如来への信仰である。
それは、阿弥陀如来と自己との対話を疎かにして
盆暮れにのみ檀家に形通りの説法をしていたのでは、
無意味ではないか?

という、問いに基づくものであった。
また、阿弥陀如来一仏のみの念仏は一時私を神社から遠ざけた。

スモール・イズ・ビューティフル
という本の中でシューマッハが思想の暗黒時代と
呼んでいる多感な青年期に、
私は学校での疎外感などもあって
親鸞原理主義と仏教的無常観が染み付いてしまった。

これに理性に対する批判を展開したカントや、
父が見聞きした、様々なコミュニティの偽善欺瞞が
私の保守主義の最深部をなしている。

もともと護憲派の人々には素朴に偽善や欺瞞を感じてもいたが、
表層だけ平和主義を取り繕って、汚れ仕事や矛盾煩悶を
自衛隊他一部の人々に押し付けるのはあまり良いことではないと考えてきた。

そんな中でネットの右派的な言説は
至極全うな主張に思えたのだ。
民主党政権下での中国・韓国の非礼な所業に
憤っていた私は溜飲が下がる思いだった。

安倍政権が誕生した頃は、株価も回復し、
中国も成長が鈍化した為に、
「日本はこれからだ」と思った。

しかし、安倍政権の売国政策の匂いに
右派の中でもWJFプロジェクトさんなど気づく人は気づいていた。
成長戦略の中身が小泉・竹中路線を踏襲した
新自由主義経済学的政策だったからである。

平たく言えば、

公共インフラの維持管理が国家財政を圧迫しているので、民営化し民間のノウハウを活用しましょう。

公共事業の入札は、PFI方式にして大手ゼネコンに全部お任せして、(中小零細を公共事業から閉め出す)大手ゼネコンとお友だち企業で一切合切賄いましょう。

淘汰されて、担い手がいなくなった業種を活性化するために異業種からの参入しやすいようにその業界の関係諸法律の規制を緩和しましょう。

などである。
これが、新自由主義経済学者にとっては
アダム・スミス以来経済学の原点「自由放任」であると
いうことだそうだ。

(アダム・スミスは重農主義者でもあり、
重商主義的な当時のグローバリズムには批判的だったと
私は記憶している。)

これは安倍総理の擬態である。
多くの安倍支持者は言っていた。
消費増税を8%に増税した時から保守論壇は
分裂が始まった。

私はおろおろしながら動画を見るしかなかった。
実に悲しいものである。
尊敬していた論者の人が互いに罵り遇う様は。。。
(この当時、私は勉強不足でそれぞれの細かい主張の違いをわかっていたわけではない。)

田母神氏の都知事選出馬と使途不明金を巡る問題。
安倍談話、日韓合意。小池の乱。
TPP妥結等々。
安倍支持者は総理の本心は違うと述べていた。

安倍総理は擬態をしている。
という事に私は段々と不信感を深くしていった。
選挙の際にはそのわりにやたらと成果を誇る。

モリカケ疑惑は私にとっては
不信感の閾値を越えた瞬間だった。

モリカケ騒動の影で
種子法廃止、カジノ解禁、水道民営化。
加計学園今治獣医学部(どうなってるんだろう?)
外国人人材受け入れ、高度プロフェッショナル制度。
などなど。しれっとヤバイ法案が成立する。

今回のトランプ氏訪日にも
f35大量購入、
自動車産業米国内に拠点誘致
農作物の関税撤廃
などなど観光以外にもおもてなしした恐れがある。

安倍首相は成果を二三倍に盛るので話し半分に聞いた法が良いが
金正恩が無条件対話に乗ってこないので
体裁のよい言い訳をするために
ミサイル発射(日本では飛翔体)した際に両国足並みを乱さないようにすり合わせをしたのが
今回唯一の成果ではないか?と思われる。
(あくまで私の主観です)

私は水面下で日本の国益にならない取引が成立してはいないか懸念するが、安倍政権に期待することも、怒りもあらわに批判することも労力の無駄と考えるようになった。

このままでは、日本国は衰えて滅びる道をひた走って行くばかりだし、世界も助け合うことを忘れ、地球規模の大災害や、戦乱が怒れば危うい。

安倍政権という虚ろな巨木が倒れた時に、
ある程度育ったひこばえの若木が代わりに立たなければならない。

その際に、安倍政権と距離を置いた人々でなければ、
保守的な思想は、合理主義重視のリベラリズムに対抗できなくなる。

私の考える保守とは
人類の知性とか理性に対する懐疑主義である。
漸進的に科学や技術は進歩するが、
森羅万象知り尽くすのは果てしがない。
そのような完璧な知識の時代の到来を期待せず、
伝統・慣習を大事にし改めるのは慎重を期する。

道の真ん中に大きな石がある。
通行の邪魔である。
取り除こう!
という短絡的な発想だけでなく、
様々な経験や歴史に基づく想像力を駆使して
本当に石を取り除いてよいのか、ちょっと考える事が
大事ではないかと思うのだ。

例えば、その石には目印の役目があったり、
土で埋めても崩れる大地の亀裂を塞ぐ古代人の知恵だったり、あるいは百八人の魔物を封印した石だったかもしれない。

道の真ん中の大きな石ならあまり考えなくても良いかも知れないが、
国の方針とか、国がら、憲法、法律、制度などは
よくよく考えなければならないと思う。

では、伝統とは何か、日本とは何かを
考えたり、安倍政権に代わる若木のような思想、
ひこばえでもよい、明日を生き延びる為のアイディアを
と考えると、私は何も発信するものがなかった。

ねずみのようにあちこち知識をかじり散らかしただけである。歪な雑多な知識しかない事を思い知るのだ。

この壬午日録ももっと整理されればよいのにと思うが、
インプットに注力したいので更新をセーブしている。
政治的な主張も含めた文化的で非営利の情報発信のベースにしたいブログにする予定である。

前置きが長くなったが、
私の思索遍歴を記すと

甲子 2015年
マヤ暦の終末予言と保守派の分断に危機感を持ちブログを書き出す。

乙丑 2016年
記事を書く事が習慣化し、政治以外のテーマの記事も増える。しかし、雑多である。

丙寅 2017年
加計学園、森友学園疑惑浮上、恣意的な国家戦略特区制度に疑念を持つ。また、組織的な関係公文書の隠蔽、でなければ杜撰な公文書管理に国家のたがが外れた事を実感。安倍自民党、国難を強調し衆院選勝利。

丁卯 2018年
森友学園に関する大阪財務局の決済文書の改竄発覚。
安倍信者的ネット保守から離れようと考える。
(代わりに一生大泉洋さんの信者になろうと誓った
明石家さんまさんは別格である。)
この頃から日本文化をより深く知ろうと考える。
ノートのようなつまらない記事が増えるが散発的。

戊辰 2019年
更新頻度が減る。アフィリエイトブログのテーマを考える。このブログでは若干排外主義的記述も記事内に多く、広告を載せる訳にはいかないので、テーマ別に記事を書く事を考える。

しかし、テーマを分けて論ずるほどに知識も筆力もないことを実感する。長期戦になる。愚公移山の精神で取り組まねばならないと感じる。


紀年(60年)で考えるとこのように変遷してきた。
これに短期計画の目安として紀日(60日)を有効利用したい。

今年二度目の甲子日3月28日の紀に人生の計画を見直した。ここより60日間を甲子紀日と呼ぶ。
また、5月27日(甲子日)から60日間は乙丑紀日と呼び、
以降は順繰りに癸亥まで名付けて計画進捗の目安としたい。

では以後日誌。


令和元年(己亥年 西暦2019年) 戊辰紀年乙丑紀日

5月27日 甲子 月曜日

猛暑。
毎日出歩かなくなってから、季節の移り変わりにぎょっとする。
隣家のお花のチューリップが、花菖蒲に変わっている!
引きこもりあるあるかも知れない。

兎に角私は人の目が気になる性分だ。
今は貧乏だから心は卑屈になっているが、
宝くじを当てたら、自分の力でもないのにふんぞり返りそうな気がして嫌気がさす。
有れば誇り、無ければいじける。
杜子春のような心持ちはもう嫌だ。

諸法無我という言葉を知ってはいても
私の心の中で蜘蛛の巣が張っている。
愚かさの極致だ。

心が強くなりたい。
嫉妬や恨みつらみなど巷にありふれたネガティブな感情やオーラに負けない人間にならないと
私は外で働く自信がない。

5月28日 乙丑 火曜日

曇り一時雨。

川崎市登戸という所で凄惨な事件発生。
犠牲になった方々のご冥福をお祈りしたい。
容疑者とおぼしき男自殺、いたたまれない。


5月29日 丙寅 水曜日
51歳の登戸事件の容疑者は引きこもりだった。
他人事ではない。
彼に対する怒りが沸き起こるのも無理はない。

しかし、昨今の社会不安が顕在化した事件である。

私自身は大学受験失敗が今も人生の痛手になっている。
甘やかされたと言えばそうだが、
うわべは良い子で陰でこそこそ悪事をなす子供であったので、自業自得。「勉強さえ出来れば、人生何とかなる」という甘い幻想があったが、怠惰な生活習慣や対人面での配慮のなさが挫折の原因であった。

良い子になりたい。良い子の免罪符が私にとって
東北大学とか岩大などへの進学だったが、
明確な目標などなかった。
どこかに逃げ場を探し目の前の課題に真向かわなかった。

私は免罪符を掴めなかったので地獄に堕ちた。
(実はそれで良かったのだ!出なければ鼻持ちならないインテリ崩れになっていたと思う。)

自分探しの迷路にはまると抜けられない。

学歴偏重主義、三高などという言葉もあり、
時代の風潮であった。
その風潮の中で育てられて、落伍者になったり、
いきなり実力社会に放り出されてサバイバルの中で
心が殺伐として他人を思いやる余裕もなくしてしまったりしている。

また、合理主義的な思考が高じて、
短絡的な、近視眼的な発想しか実社会では評価されなくなっている。
こんなでは、人間の心が持たないと思う。

政治・経済面では格差社会ということも大きいと思う。
「精神の貧しさ」の問題もあるのかも知れない。
しかし、これは文化の領域のテーマだろうか?
信仰は重要だが、信仰の押し付けは内心の自由を脅かす。

これが、○○原理主義が嫌いなところである。
人の機根や因縁を無視している。
救済者の傲慢さ、無理押し、ごり押しがある。
誰かから誰かへ信仰が伝わるのは奇跡的な事だと思う。
だからこそ、伝道・布教の功徳は尊ばれるものであって
「ご利益があるよ」と営業成績を競うように勧誘したりノルマを課したりする宗教は違うと思う。

キリスト教には成立背景から無理押しの面があるし、
イスラム教でも信徒・非信徒で支配者がインセンティブをつけた。
仏教も為政者の道具になっている。
宗教は政治と不可分な存在かも知れない。

ホームグローンテロという事象があるが、
現世を自己犠牲的なジハードに捧げることにより
輝かしい永遠の来世を約束する。

「衣食足りて礼節を知る」と管仲は言った。
格差はあって当然という政治や経済の在り方は
おかしいと私は思う。

格差社会が極まれば、大富豪はシェルターに住まねばならなくなる。
私が考える平等社会は、犬は犬らしく、兎は兎らしく、蛇は蛇らしく、虎は虎らしく、人は人らしく生きられる社会である。

それぞれがもって生まれた天分を生かし、
自由意思で人生のより良い選択を出来れば、
それが理想である。

職業選択の自由はあるが、
階級間の人口の移動は緩やかで
みんなの不公平感が少ない社会が理想である。

権利と引き換えにみんな応分の義務と責任を負い
誇りと高い倫理観を保つ。
そんな社会が私はいい。


5月30日 丁卯 木曜日

大円鏡智とは、自己流の解釈では
仏様は衆生の映し鏡となることができるという事だと思う。
衆生は仏様に接することでおのが身の過ちに気づく事が出来るのだ。
なぜそのようなことがあるかというと、

仏様の心は大海のように広くありながら
波はまったくなく平らかであり、
また水面は清くすんでいるので
天上の日月星辰をよく移すので、
よく、有縁の人の鏡になりうる。

私は自他のマイナスオーラに弱い。
しかし、それに気づくのが遅くていつも
一人抱え込む、抱え込んで限界に達する。

周囲の人々マイナスのオーラ、
それに反応する敏感な性質。
私はこの弱点で鬱を何度も再燃した。

私は克服をしたいが一種のヒーラー
になることで自他のネガティブな感情を癒す存在になりたいと思った。
それをけつして商売にはしないのである。

心を大海のように広く深くし、
波風(負のオーラに負けず、波風を平らかにしてむしろ癒すのである)立てない大きな水鏡になるのだ。

釈尊は生身の人間として実践に生きた。
私は出家者にはなれないと思うが在家の信者として
心の波の少ない人間になりたいと思う。

精進の心のみが己を強くする
他人と比べてはいけない

様々な悪霊のような悪い命を恐れていたが、
彼等に勝つのでなく、負けないのでなく
その思いを癒す人間になろうと気づくと
元気が湧いてきた。


56月31日 己巳 土曜日
私は苦についての耐性が弱い。
くよくよしやすい。
ストレスのはっさんが下手?
溜め込むか、発散が大爆発になる。

どうにかしたい。

苦の原因
全ての思い通りにならないこと。
やるべきことを未だやらないでいること
他人の支持に不本意ながら従わなければいけないこと

折り合い、ガス抜き、ヒーラーとして生きたいという志。


6月1日 己巳 土曜日
トランプ氏の観光旅行は終わった。
参院選後に明らかにされる裏取引が心配。
空母化いずもにのせるF35bは強いのか?

高級A10サンダーボルトにならないか心配。
ステルスだが肩のせ式のロケットらんちゃーで
打ち緒とされたら。。。そこまで酷くはないか。


6月2日 庚午 日曜日
ヒーラーになるには修行が必要だが、
日常生活が修行だ。
スピリチュアルを私は生業にはしたくない。
自分の修行の一貫です。
未来の秩序確立に資する仕事に携わるのが私語とをしたいと思います。

先週の日誌文をアップするのに火曜日までかかりました。なるべくはやくあげないといけませんな。

避妊具の自販機ひとつ夜の街

5月19日(日曜日)~5月26日(日曜日)

5月19日 日曜日 丙辰
体力に自信が無くなったので毎日1回諏訪神社に参拝しようと思い立つ(翌20日のみ実行したが挫折した。)

5月20日 月曜日 丁巳
終日風強し
威儀即仏法という言葉を知る。
書写は丁寧にすべきと改めて感じた。

引きこもりがすぐに有識者にはなれない。
しかし、空虚な人生にも必ず意味がある。
本人の意識が転ずれば必ずや無意味な様に見えるものにも大きな意味が出てくる。

他人と比べない事が重要な気がする。

5月21日 火曜日 戊午
昼過ぎまで雨続く。
豊田紳さんの「厚労省不正統計、政党独裁制との不気味な共通性」
Harbor Business Online(2019.5.21)
を読んで感銘を受ける。

官僚機構 人事権を握る権力者 1つの政党による独裁。
イデオロギーは関係なしでやはり、政治が機能しなくなるのではないかと考えてしまった。


5月22日 水曜日 己未
晴れてはいるが雲多い。
ネトウヨ大百科というサイトをよく読む。
モリカケ報道で嫌気がさした主婦層が
政権支持に流れたという記事を見て個人的に残念である。

ふわっとした右派。
自分も似たようなものなので何とも言えない。

ナチスは若者が熱烈に支持し、
大人は口をふさぎ、
ナチス政権下で教育された少年達が
最後までヒトラーに忠誠を尽くした。

本当はふわっとしていてはいけないのだが。
一般庶民は忙しい。

丸山議員の酒癖の悪さは残念である。
何でビザなし交流に参加したのだろう。
もし、タカ派的なポリシーがあるなら
参加しないほうがよいのではないか?



5月23日 木曜日 庚申
山尾しおり議員 無許可で海外渡航していた。
双方とも離婚しているので不倫ではない。
不倫ではないが、保身為の狡猾さを感じる。
「関係は持っていない」
状況証拠だけでは推定無罪。
スキャンダルなので逃げ切れるだろうし。
立民に強い幻滅を感じる。


5月24日 金曜日 辛酉
十八史略は面白いが書写は諦める。
魯の三桓子の由来や
周と同姓・異姓の国、
戦国七雄の旧国、新国による分類は
整然として学びやすい。

5月25日 土曜日 壬戌
晴れ
小山真樹代著の子平推命を読む。
私には難解だったが、久しぶりに読んで
成る程と思う点も多く、勉強した成果だと思った。

一番四柱推命で難しいのは日主の力量の算出である。
色々読んで学び直したい。

ウーマン村本氏のツイートに
考えさせられる。
大泉さんはファンなので出世するのは
率直にうれしい。
しかし、権力者の人気取りではある。

5月26日 日曜日 癸亥
快晴、猛暑。日本は夏至近くに一番暑くなる気候にかわったのだろうか?

トランプ大統領来日。
おもてなしして日本を漫喫して帰って頂きたい。
トランプ氏は敏腕で企画心旺盛のワンマン経営者が
大統領になった感じか。

アイディアは沢山湧き出すが、
アメリカの憲法と州法の壁や、従来外交との整合性が
壁となり、アイディアはなかなか実現しない。

日本はうまく、トランプ氏に立ちはだかる壁を利用しないと力業でやられてしまうと思う。
複雑な利害が絡む戦場で交渉すれば、
多少は防ぎやすいのではなかろうか。


今週の総括
体力作りに挫折した。
ブログの案も浮かばない。
反省点多し。

5月13日~5月19日

5月13日 月曜日 庚戌
晴天。午後体調不良。
未明に法律の二重衡量のあり方について考える。

◎国体に関する事柄は不易
多数決を持ちうるべきではない。
有識の人(安倍総理の有識者会議は信用していない。)
の判断に任せるべきであり、本来は貴族、上院、元老院のような守旧派勢力の職掌である。
日本では参議院が近いが残念な状況。

◎人権は変易
人権的な問題は時代の変遷により価値観が移り変わるので柔軟迅速に対応した方が良いと思う。
しかし、変える前の方が明らかに良かった場合は元に戻すシステムも整備された方が良いかも知れない。

国柄がどうあれ、為政者は困っている人を助けるのが務めであるので迅速に救済出来る法整備が必要だ。

◎易簡な憲法や基本法の法体系の整備
二重衡量に関する関する線引き、
国防外交の基本政策、
法的改正手続きの簡素化、逆に改正論議の活発化促進
などが必要だ。AIも用いるべきか?

問題は有識者の育成と、有識者の話を理解できる国民の教育をいかにすべきか?
ということが大事になる。
21世紀の博物学者が必要ではないか?
人文系と理系の豊かな教養を持ち理想主義者かつ現実主義者が必要ではなかろうか?

実は引きこもりの人は有識者に成りうる。
時間があるからだ。
また、コミュニケーションが苦手であるならば
書庫に引き込もって本の虫になってもらい。
マニアックな知識を深めてもらうと良いかも知れない。
私は将来、そのような仕事の道を切り拓きたい。

5月14日 火曜日 辛亥
薄曇り
シベリア抑留者名簿2万人分 カザフスタンで発見。
丸山議員の問題発言が世間を騒がせているが、
私はラブロフの「ソ連は実力で北方領土を勝ち取った
返してほしくば実力で取れ」という趣旨の発言を忘れてはいない。
ソヴィエト兵の満州及び北方領土での蛮行を忘れまじ。
許すまじ。
「異国の丘」は歌い継がれるべきである。

青蛙がアパートに迷い込んできた。
雨降りを利用してどこかに引っ越すつもりのようだ。
変なところに迷わないようにアパートのサッシを少し開けてあげると無事にいなくなっていた。


5月15日 壬子
未明にかけて雨続く

◎佐藤浩市さんへのインタビュー記事に関して
百田氏ら右派言論人がヒステリックに反応している。
嘆きをもってついつい記事を書く。
火元は産経の阿比留瑠比記者らしい。

自民党ネトサポには、ネタがなくなって来ているのだろう。
TPP、外国人労働者受け入れ、水道民営化、カジノ
消費増税。
これらを反対すると「同士討ち炎上」を振り込んでしまうので韓国と野党の批判をするのが安全牌なのだろう。

安倍総理は上皇様退位礼で有り得ない言い間違いをやらかした。
「末永く健やかであられますことを願って。。。
あらせられますことを願っていません」

と言ったのだ。不敬ではないか!!
そちらの方を突っ込む人は安倍応援団には皆無だし、
多くのマスコミもスルーしている。

桜田大臣のれんぽうさんで騒ぐなら、
安倍総理の一世一代の大失言も問題視してほしいものだ。

◎いきなりステーキ、ライザップ苦境。
専門化している企業と多角化している企業の経営が苦しい。自分ではうまく説明できないがライザップでは「負ののれん」を収益として計上していた。
いきなりステーキは急速な店舗展開がカニバリゼーションを起こしている。また、顧客のステーキ離れ、競合他社の参入などの影響があるという。

◎理想的な改革のあり方は
実態調査→応急措置→本格的改革の遂行
→応急措置の停止。
であると思う。

日銀の金融緩和は応急措置として必要な措置の1つだった。
しかし、アベノミクスの三本の矢の二本目は積極的な財政出動ではなかったか?
それは実に中途半端な形で終わり、消費税が逆に上がった。景気を腰折れさせて、応急措置的な金融緩和が長引いている。マイナス金利政策は銀行の収益を圧迫させるし、円安誘導政策で値上がりになった生活必需品も多い。

金融緩和と共に中期的なケインズ政策が必要だった。


5月16日 木曜日 癸丑
晴天 岩手山見えず 山の端に積乱雲あり

盛岡に行く。帰りに白石パンのアウトレットショップに立ち寄る。コッペパンが安い。ブドウパンが安い。
紫波町の日詰のお城の坂の途中にある。

リラックマとカオルさんのネットムービーにはまる。
リラックマとコリラックマの関係が微笑ましい。
キイロイトリもいい味を出している。
コリラックマを見ていると妹を思い出す。

5月17日 金曜日 甲寅
晴天 終日体調不良。

5月18日 土曜日 乙卯
グノーシス主義というものは、
煽動者と狂信者が結び付き現世否定的になると
恐ろしい事になることが多い。

救済伝道を強要する姿勢は宗教としては
厳に慎むべきではないかと思われる。

信仰は現世に生きる人の支えになってこそ
意味があると思う。
来世により良い世界に生まれるために
善行を行うという事の動機の不純さを浄土信仰にも感じる。
維摩経にあるように娑婆世界が浄土であると私は思う。

5月19日 日曜日 丙辰
妹についてこのブログで初めて取り上げた。
私たち家族が決して特別ではないことを強調したい。
恐らく、皆さんにも身近に仏様がいらっしゃるのだ。
それに気づいていようといまいと仏様は守って下さる。
不思議な力で導いてくれる。

この話はまた、大事に心の厨子の中に
大事にしまって起きたい。

私の信仰の核心

私のブログではやたらに仏教の話が出てくる。
それも、一種の神秘主義的な、グノーシス主義のような傾向を感じる方もあるかもしれない。

私自身、グノーシス主義に関してはあまり詳しくないが、仏教に強い思い入れを持つきっかけが
神秘主義的な側面を持つからかもしれない。
(グノーシス主義を調べると一部共感するところと
批判したくなるところがある。)

私には8歳年の離れた妹がいた。
私とは性格は正反対の立派な妹だった。
辛抱強く、亡くなるまで家族のご飯をよそおう役目は
妹が2年近く続けた。
毎日欠かさずである。
また、パズルが好きで真夜中に完成するまで寝ないで頑張ったり兎に角聡明な子供だった。

5月の連休の時に風邪を引き、
高熱を出した。なかなか症状がよくならず
何度も嘔吐して食べ物も受け付けない。
その年の5月8日は土曜日である。
母は昼間に掛かり付けの小児科の先生に連れて行ったが、次の日が日曜日である事と妹の症状に改善がみられない事を心配して救急車を呼ぼうとした。
しかし、消防署の返事は

「今夜は救急患者が三件発生しています。
待たされる事になるのでかかりつけの先生に診てもらった方が良いと思います」

との事だった。
両親は仕方なく妹を昼間に診てもらった小児科の先生に診てもらう事にした。
私と祖母は留守番をして、少し落ち着かない気持ちで待っていた。

一時間くらいしてからだろうか。
父が血相を変えて私たちを迎えに来た。
「妹が死にそうだ。山田病院に行っている。」
祖母は悲鳴を上げた。私は事態が理解できなかった。

父と祖母と三人で山田病院に向かった。
後で話を聞くと小児科の先生が妹に何か注射を打った瞬間に容態が急変したという。

山田病院に着くと女性の悲痛な大声が響いていた。
私の母の声だった。
後にも先にも母のあんな大声を聞いたことがない。
妹の名前を叫び続けていた。

山田病院の先生の処置の甲斐もなく
妹は死んだ。
客観的に見れば悪いことが重なったと見えるし
社会問題の観点から言えば、医療ミス、
地方医療の課題と言える。

しかし、父は妹の声を心に聞いたそうである。
「誰も責めないでね。」
父は妹の言葉を守った。
それから父と妹、私たち家族と妹の本当の心の交流が始まった。

今でも私は妹に導かれている。

これを私は今まで他人にあまり話さないで来た。
私はろくでもない人間である。
私が悪く言われるのは構わないが、
妹を悪く言われたら、悲しみでいたたまれないだろう。

自分にとっては仏道に遇う奇縁であり
信仰の核心でもある。
心の中のご本尊の秘仏のような存在だ。

妹の死は必然であり、
五歳の女の子でも仏様のいのちであったと
私は信じる。

妹が生きている頃より妹と私の絆は深まった。
毎日妹と対話をしている。
妹の存在はいつも身近に感じている。

長く他人にこの事を話さないで来たが、
何故かきちんと私の見解を書かねばならない気になり書いた。
この文章がどうか妹のいのちを汚しませんように。


佐藤浩市さんの炎上騒動について思う。

安倍総理を揶揄していると右派の人は色をなして怒ってますが、

私は佐藤浩市さんと言えば
敦煌の趙行徳(科挙に失敗し西夏に旅立つ青年)
美味しんぼ(海原雄山に反発する山岡士郎)
壬生義士伝(尖っているニヒルな剣士)
。。。とお殿様とかリーダーの役が少ない人です。

「反骨」が似合う役者というか。
体制に楯突くキャラクターやリーダー的な存在でも
組織に反発する心を持っている役を演じているイメージが強いです。

カリスマ的なリーダーの役
かっこいいリーダーの役
懐の広いリーダーの役などを演ずるには
故人ですが渡瀬恒彦さんとかいるじゃないですか?
西田敏行さんとか、三國連太郎さんとか。
あるいは中井貴一さん、渡辺謙さんなどが思い浮かびます。

だから佐藤浩市さんなりのオリジナリティとか
リアリティの追求とかで
等身大の総理大臣を演じたかったのではないかと思います。
苦悩し葛藤し、決断する。

謎の国設定も近未来をテーマにして
近未来に中国と戦争するって内容にしたら
映画だけに話題になったら外交的に大変でしょう。

戦争したがる人は、案外良識ある軍人には少なく
新兵器の威力を試したがる武器商人と利権で繋がる政治家や煽動された大衆、国民から人気のない政治家で
自棄くそになってる人の方です。

シビリアンはしばしば暴走します。

日本の右派の反日叩きが
中世の魔女狩り、異端審問
韓国の親日派叩きに似てきています。

馬鹿馬鹿しい。
が一言言わずばならない気がします。

安倍総理が聖人のように立派な人なら
取り巻き連中や、その応援団の
性格がよっぽど悪いんでしょうな。
誰も苦言を呈したり、諫言する人がいないんですもの。

もし、苦言を呈したり諫言をすると
左遷させたり、冷飯を食わせられたりする恐れがあるから取り巻きが言わないのであれば
やはり安倍総理は狭量なお方です。

あるいは君側の奸の大物がいるとか?

楚の荘王という名君がいましたが、
朝議で自分の意見より優れたものがなく
そのまま自分の案で政令が実行される事になりました。
しかし、荘王の顔色は優れませんでした。
臣下が訳を訪ねると
「この国にはわしより優れた人材がいないということではないか」と溜め息をついたそうです。

蛇足ですな。前足も書いて蜥蜴にしようかな。
安倍政権の支持率が55%に上がったのだから不思議です。
参院選も安泰だ(自民党がですけどね)

青蛙で一首

妻問いの旅の途中か青蛙風もそぞろに雨の降るらし

雨になると蛙は大移動するようです。
雨の日の田舎道を新聞配達をしていると
道路を大勢の蛙が横切るのをよく見ました。

道路の横断は小さな生き物にとっては
生死をかけた大冒険です。
蛙にとっては雨の日は新天地を求めるのに
絶好のチャンスなのでしょう。

新しい出会いや、よりよい餌場を求めて
旅をするんでしょうなあ。
雨が降る事を何で察知出来るのか不思議です。

よしなしごとを書くことにする。

5月11日 土曜日
今日から日記をつけ、週一回アップすることにした。

この頃は安倍外交の破綻が目につく。
年初の占いが当たらないか心配である。

北方領土問題の解決を焦るあまり、日本固有の領土であるという、日本外交の大前提を覆した。

北朝鮮の金正恩委員長と無条件で対話の用意があると発言。一昨年の国連演説の威勢は何だったのか?

対米貿易交渉で譲歩の懸念。
中国との接近も実利のみ取られる恐れあり。

しかし、一民間人に出来る事は少ない。
一日も早く国民の義務を果たさねばならないと思う。



5月12日 己巳の日
アフィリエイトブログのアイディアが浮かばない。
ノートを書く他ない。
出力出来ないのであれば、ひたすら入力あるのみ。
「んばさん」という方が書いている「くらすらん」というブログを見つける。
語学と和漢の古典を網羅している。和歌の品詞分解まで書いてあるのには脱帽してしまう。
参考にしたい。

百人一首もノートに取ることにした。
難波津の歌の王仁に引っ掛かる。
この方は百済人である。
王仁は論語と千字文をもたらした人。
西文氏の祖にあたり
高祖劉邦の末裔と自称していたらしい。
武帝の頃に衛氏朝鮮を滅ぼして楽浪郡他を置いたので
その頃にやって来た漢の皇族の末裔かも知れない。

吏読というものも注目される。
万葉仮名に通ずる用いられ方をしている。
片仮名と共通するものもある。

これは古代の東アジアにおいて、行政実務や学術文化の担い手がシナ大陸にルーツを持つ人々であった事を示すものではないかと考える。

何だか令和の元号を日本史上初の国書由来の元号と
殊更に言い募る事の虚しさ、そらぞらしさを感じる。

万葉集には古朝鮮語が使われているものがあるらしい。
この時代はまだまだ日本国と朝鮮半島南部地域の
文明は未分化だったのではないか?

やはり、菅原道真や紀貫之といった人々が
登場した平安時代から日本の独自性は際立っていくのだと感じる。

中華文明の文化的な引力の力は強力なものがある。
日本は化外の地とされたからこそ、自由に発展できた。
朝鮮半島は地続きなので侵入が容易で
戦乱が絶えず政情が長く安定する時代は少なかった。

金星と地球の関係に似ている。
対馬海峡がなかったら、歴史は大いに違っていると思う。

中国の文化の潜在能力は計り知れないものがある。
日本とは規模が違うからだ。
政府の腐敗や失政が大きなリスクだろう。
船はしばしば江水に覆される。
シナ大陸の歴史はその繰り返しだ。

しばらく更新をお休みしますm(._.)m

頭の整理のためにしばらく更新を休みたいと思います。
休むのは3ヶ月以内にしたいと思います。

十八史略は面白い

十八史略を読んでみた。
分かりやすかった。
句節が短くて読みやすい。

シナ大陸の歴史の入門書。
肩の凝らない歴史読物としておすすめだ。
主要な出来事、エピソードは網羅している。

まだ読んでいないが
歌括というものがあるそうだ。
四柱推命の歌訣口訣というのが本に乗っているのだが、
暗記するためらしい。

諳じること記憶する事は大事なようだ。
暗記力は大切だと田中角栄総理は言っていたようだし、
「古代への情熱」の中でシュリーマンも記憶力は鍛えられると述べている。

暗記していれば
一々調べる手間が省けるからだ。
暗記、暗誦をもう少し心がけたいと思う。


李白に憧れる

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雄略天皇の歌の訓読みの揺れが多い

令和の時代になったので、
万葉集を勉強することにした。
雄略天皇の歌に引っ掛かり先に進めないでいる。

家きかな のらさね(wikisource)
家のらせ 名のらさね(桜井市歌碑)
家きかな 名のらさね

と3通りも読み方が異なる部分がある。
道理で暗記できない訳だ。

この謎を解くのは簡単ではないように思われる。
万葉仮名という特殊な記述法が用いられているからである。
また、大伴家持のプライベートな編纂物で
政変に連座したことから平安初期はこの歌集は
あまり知られていなかったらしい。

編纂者が亡くなって誰もいなくなった後に
発見され、価値が見出だされたので
訓みをつけるのも大変だったようだ。

加えて印刷技術がない時代なので筆写するしか
コピーする術がなかった。
それらが訓読みの揺れにつながっている。

校合(きょうごう)という作業が必要になる。
菅原道真、紀貫之、源順など多くの著名な歌人が
これを行ったらしい。

しかし、鎌倉初期に仙覚という天台僧が
鎌倉幕府第四代将軍の藤原頼経(九条頼経・源頼朝の妹の孫)の命を受け、万葉集の校合をしたのが後代に大きな影響を与えた。

このような事が調べて分かったが、
三通りの読みの揺れの自分なりの解明には至らなかった。
この後に契沖、賀茂真淵、本居宣長ら江戸期の国学者の
精密な研究が行われた。

桜井市の歌碑の揮毫者は保田与重郎という人で
共産主義に傾倒した後に亀井勝一郎氏らと共にロマン主義に根差した文芸活動をした人である。

掘れば色々なことがわかる。
ニッチなブログを作るためには、
一次的な資料に当たりまくるのが最良だと思った。

政治の話題に触れるとアクセス数は伸びるようだ。

登録ジャンルって大事なんだと思います。
このblog自体では広告的なものを出そうとは考えていません。ジャンルを変えても良いかも知れないですが。
自分の中では経世済民、修身斉家治国平天下の思いを下敷きにいろいろ書いているつもりです。

説得力の無さは単に私の不徳の致すところ。
前世からの悪業と現世の悪業の故に
上から目線にしか聞こえないと思います。

「うなぁ、のらすなよ」的な
これは、岩手県沿岸地方の罵倒語ですが、
上古の赴きある罵倒語ではないかと思います。
「うぬ(おまえ)は告らすな」
「お前は言うな」的な意味ではないかと思います。

話が逸れましたが「うながのらすな的」なblogであります。

説得力をつけるために私が意識したのは
匿名でなく、生身の自分を全部さらす事でした。
実在の人間が発信しなければ誰も読んでくれないと
思ったからです。

FC2ブログのアクセス数のカウントの仕方は
ユニークアクセスは集計期間ごとにリセットされるのか
何年も前に訪れた人でも除外してカウントするのかわかりません。

月2、300人以上の人が見てくれているのか、
1万人以上が見ているのか?
わかりませんが、冷やかしの方や、キワモノ見たさの
方も多いと思います。

これからはかなくそ、愚を連ねると記しましたが
ゆっくりでも面倒を厭わずに物事に取り組む事が
自分の独自性を養う事に気づきました。

読者の方の、暮らしの訳に立つような情報発信を
かなくそなりにしていきたいと思います。
m(._.)m

残念な令和元号選定過程のリーク

公文書記録の大切な事を訴えてきたが、
元号制定過程で安部首相が深く関与していた事が
発表後1ヶ月あまりなのに関係者の発言として漏れ伝わってくる。
のみならず「令和にしましょう」と閣議で発言し
安倍総理の決断で元号が決まった事が
誇らしげに公文書として発表された。

私としては失笑するしかない。
手柄を自己申告する人は軽薄な感じがする。
自民党の支持率アップの為に
御代がわりを政治ショーにしようとしていた。

衆参ダブル選挙も視野に入れているらしい。
宣伝が上手なので今回も勝つだろう。
安倍総理は夏至の頃の太陽のようになかなか沈まないのだろう。

若年層や男性の支持が底固い。
40%ぐらいいて下がらないのは驚異的だ。
投票の主体にこれからなっていくので
磐石なのではなかろうか?

4期5期、いや終身首相の可能性もある。
ポスト安倍が育っていないからだ。
安倍氏の考えに近い側近にろくな人がいないのは、
安倍氏の人格が狭量な証拠である。

ジャパンライフの広告塔だった加藤氏。
萩生田氏、稲田朋美氏。。。
立派な後進が育っていない。

元社民党や民主党、共産党よりはマシである。
そのようにみんな思っているような気がする。
野党の人々はバラバラになっても
一人一人の主義主張を戦わせ、
国家のグランドデザイン(粗い方向性)を
打ち出すべきではなかろうか。
天皇制と国防に関して、実際的な意見を聞きたいと
私は思ってしまう。

そのあたりを目を塞いで、
敵(どこかはわからない)の攻めてこない事を
頼みにするのことを
尉繚子や孫武や
イスラエルの預言者エレミヤや
幕末明治以前の日本人が見たら呆れられると思う。

戦争のやり方も代わって来ているので、
矛の進化を研究しなければ、
盾の開発もしようがないではないですか。
宇宙・サイバー・インテリジェンスの世界が主戦場です。

何も国家間の戦争だけでなく、
ガーファとかいう名で括られる
ITインフラの多国籍企業の個人情報取り扱いの問題も
新たなる国家間の戦場でしょう。

このような問題を9条を守る事で思考停止、
足かせをして考えるのは現実的でないと思います。
野党はこの辺のスタンスを固めないと
消滅してしまうと思います。


野党が存在感を示せないのであれば
安倍氏の健康や気力が続く限り
後10年~20年はやるのではないだろうか?

私は支持しないが、
曲なりにも選挙で選ばれているので
仕方がない。

それよりも
「どうだ、年号ってやな感じだろ。
廃止しなさい。」
「秋篠宮家は問題が有りすぎるから愛子様を天皇に!」
「いっそ天皇制を無くして大統領か首相公選制にしよう」
「新自由主義的グローバル化を推進しよう」
このような意見に対して批判的に私の意見を述べられるように勉強するのみである。

勉強の苦痛に耐えたり、工夫を編み出すことは
どんな仕事にも役立つ。
それも、結果がどうなるかとらわれず
周りと比較せず、昨日の自分と格闘するのが
一番良いようだ。

奥ゆかしさのないのは
私も同じである。
安倍総理は私の有り難い反面教師である。


紀貫之の女(三才女其の壱)

紀貫之の女(むすめ)
紅梅の内侍、紀内侍とも。

○鶯宿梅の故事
村上天皇の御代に御所の清涼殿の前の梅の木が枯れたので、代わりの梅の木を探すことになった。
都中探し回ったが代わりになるような梅がなく
当時は賑やかではなかった西の京を探させたところ
ようやく、一軒の屋敷に見事な紅梅の木が見つかり
「その紅梅を移植させて欲しい。帝の命であるから」と屋敷の主に伝えたところ、主人の女性が現れて
「よろしうございます。では、この短冊を枝につけて御所にお移し下さい」言った。

後日、御所にて帝がその紅梅をご覧になった時に、
枝の短冊に気がついた。
そこには

勅なればいともかしこしうぐひすの宿はと問はばいかにこたへむ
(帝の勅であればまことに畏れ多いことです。お受けする他ありません。でも、春ごとに訪れる鴬に「私の宿はどこへ行ったのか?と尋ねられたらどのようにこたえましょうか?)

と詠まれていた。
帝は権ぺいづくで梅の木を移させたことを恥じ
西の京に当意即妙にこのような歌を読む女性が
どうしているのか不思議に思い、屋敷の主人の事を
詳しく尋ねたところ、なんと紀貫之の娘であることが分かった。帝はいたく感じ入り梅の木を返したという。


参考文献
あうしゅくばい(古3)
勅(古708)

詔は大事に関する天子の命令で
勅は小事に関する天子の命令です。
律令が出来立ての頃は中務省が詔勅の起草に
携わりましたが、
薬子の変をきっかけに蔵人所が整備され、
次第に簡略化されていきました。

詔勅は当初漢語で書かれていましたが、
勅使が派遣先で大和言葉で読み上げるのを宣命といい、
宣命自体が「みことのり」そのものになりました。

これが段々簡略化されて後代宣旨、綸旨が主流になります。

傲慢と卑屈から離れて生きたい

何事か成し得たら偉い。
何事も成し得なかったら偉くない。
何か有れば誇り、何も無ければ卑屈になる。

有無にとらわれる見解の空しいこと。
空しさを悟れば全ては意味のあること。
因縁の網の目は疎にして漏らすことはない。

因縁は救い、
因縁は打ち砕く。
因縁は導き、
因縁は支える。

傲慢と卑屈の因縁により為せる業は空しく
空しさを悟るとき真実は成就する。






女系天皇に関する懸念

万世一系の皇統は
男系男子でないと日本人のもつ遺伝子Y染色体が継承できない。という説もかなりの説得力をもって語られますが、私には実際のところはわかりません。
(手相とかY染色体に由来するのであれば遺伝するかも知れないです。)

私の場合は保守主義的考えなので
安易な変革への懐疑心が男系継承尊重すべきと思う根拠なのですが、

よく王位継承権が男女で平等であるヨーロッパが引き合いに出されますが、
キリスト教(カソリック教会)を1つの権威としていた時代は男系が途絶えると婿をとった貴族が王になり新たな国家が誕生したり、王朝が新しくなります。

国境線が確定していなかったので
ドイツとスペインを一人の王様が支配したり、
あるいはイングランドの王がフランスの領土を侵食して
フランスが滅亡寸前になったり、
国家の存亡を左右したのです。

今のイギリス王室は、
ハノーファー朝でドイツの諸侯の方の子孫です。
まあ、ヨーロッパの王室はみな親戚関係にあるので
あまり気にならないのかも知れませんが
ドイツと戦争になったときはハノーファーの地名を憚ってウィンザー朝と王朝名を改めました。

日本の御皇室は、一部の帝の御代をのぞき
直接的な権力の行使者ではなく
日本国の権力者に統治の正統性を与える権威者としての性格を強くもっていました。
どちらかというとヨーロッパの教皇に近い存在です。
(それが1つの血統で継承されてきた)

そしてなぜ御皇室は時の権力者に廃されなかったのか
といえば日本の伝統的な考え方である
祟り神、怨霊を守り神として敬う精神文化に根源があると思います。

これが事実であるか否かが重要ではなくて
その微妙な精神風土のバランスが
女系天皇の誕生で崩れてしまうのです。

私は怨霊祟り神の思想というものは、
敗者を根絶やしにしない、
日本国内の政争を過酷なものにしない、
という点でよく作用したと思います。

敗者への寛容さを欠けば、
怨霊により祟られて滅びる。
出雲の大国主神や諏訪の神、三輪山の大物主神
がそれぞれその末裔によって代々大切に祀られたので
世界史的にも貴重な太古の儀式が伝わっているのです。

最初は被征服者として怨霊を恐れていた御皇室は
いつの間にか日本最大の祭祀者に変貌を遂げ
時の権力者と巧みにすみわけることにより
今日まで存続しました。

宮中祭祀は御皇室の存在意義の生命線であり、
女系天皇の安易な容認は
日本の文化、社会、政治など様々な分野の
空気の組成を変化させる可能性があります。

女性天皇も反対なのは愛子内親王の
結婚が難しくなるのではと危惧するからです。
女性の天皇は即位時独身で在位中に夫を持たれた前例がないからです。

逆にGHQが戦後に廃止した宮家を
皇籍に復帰させれば良いのであって
その前例は何例もあります。

その辺りを私は懸念して男系継承の方が望ましいと
考えるのですが、ともあれ令和の御代はどうなるのでしょうか?


性に関する考え方が変わる良著

この手の本は大概本屋にありますが、
買うのには勇気がいります。
第一に人の目が気になるし、
第二にこの手の本の一冊単価は高いのです。

アマゾンなどで購入することをおすすめします。

一冊目は
河出書房新社刊
キャサリン・ブラックリッジ著
藤田万利子訳
「ヴァギナ ~女性器の文化史~」

です。

これを読んでから、私は女性に対しての畏敬の念を持ちました。
いや、ある種の恐怖感すら感じるようになりました。
女性はしたたかな生き物である。

女性は受動的側面が強調されますが、
実は生殖の面でも積極的に精子を選択していたりすることが分かりました。
また、アフリカなどの未開地域における女性器割礼には
大変胸が痛くなります。
(しかし、私は「悪習である」と上から目線で断じるのはそのような慣習の根絶にはつながらないと思います。
なにがしかの恐れをもってそれらの行為を行っているので彼らが何を恐れているのか、知る必要がありますし、教育の水準を上げる事が有効だと思います)

私はつまらぬ事をコンプレックスとしてもって来ましたが、この本を読んで目から鱗の思いになったことがなんどもあります。
中学生高校生の少年少女に読んでほしい本です。
スケベじゃない男子はいません。
女子に興味がない男子はきっとおくてなだけだと思います。

作品社刊
ハンナ・ブランク著
堤理華+竹迫仁子訳
「ヴァージン」~処女の文化史~

これも面白い本です。
処女性とは何か?
キスやペッティングだけなら処女なのか?
(精神的な純潔の意味で)
出血しなければ処女ではないのか?

そして、未婚の女子は処女であることを極度に重視する風潮。
これを読んでまた、私はつまらんことを悩んでいたと思いました。
大変曖昧な処女の概念(明確であるように見えるのは実は幻想に過ぎません)に振り回されているのは馬鹿馬鹿しいと思います。
思い詰めるほどの事ではないなと思いました。

しかし、性的経験の遅い早いなど人との違いを比べて
性に関するより重要な視点、
幸せな恋愛とか、健康などに関しての知識にはあまり目がいかないのも馬鹿げていると思います。

アイドルが恋愛禁止というのは
私には理解不能です。
若い女性が恋愛をせずに、ファンサービスだけに
熱心に活動する。
好きなアイドルに彼氏が出来たら、
彼女が幸せになるように応援すればいいじゃん。

アイドルとしての商品価値が下がるとか。。。
ファンに対する裏切りとか
心の狭いことをいうなと思います。

作品社刊
クリストファー・ライアン
カシルダ・ジェタ著
山本規雄訳
「性の進化論」
女性のオルガスムスは、なぜ霊長類にだけ発達したのか?

この本はまだ途中までしか読めていませんが
政治や社会を考える際に
性に関する最新の生物学的な知見は必要だと感じました。

家族を法人化すれば良いのではないか?
というアイディアはこの本を読んだりして思い付きました。

家族に関する法律としては民法では婚姻・相続法が
ありますが同性婚カップルについて考える際には
この部分の大改正が必要になると思います。
それはきっと長い時間がかかるでしょう。

そこで過渡的な案として家族を
一個の法人としてとらえ直し、
手続きが簡易な社団法人に位置付けるのです。

これだと、資産管理、法人の解散などで
現行の制度で準用できるのではないかと
素人ながら考えます。

他にも購入しましたが、
この3冊は性に関しての考え方が深まり
熟読したいと特に思った本です。
学校の図書館にぜひ五冊くらいは置いて欲しい。


雄略天皇の歌はメロディがあったらしい。

こ~もよ、みぃ~こも~ち、ふ~くしもよぉ~
と試みに節をつけて歌うと、冒頭の三、四、五の句が
美しい歌い出しになります。

こもよみこもちふくしもよ
では呪文を覚えるようで「そらみつ大和の国は。。。」
あたりで私は怪しくなるのですが、
メロディがあったと思えば覚えられそうです。

聖書でもそうですが、
万葉集にも編纂当時にすでに「プレ万葉集」のような
ものがテキストでなくても、口誦であったらしく、
可能なことなら私はそれを知りたいと思いました。

菜摘は古代の宮廷の春の予祝行事の1つであったらしく
この歌は求婚の歌ですが、
儀式祭礼の時に歌われたもののようです。
雄略天皇の御製であるかは、学術的には検討の余地はありにせよ、
謎に満ちた5世紀頃の古風な歌であるのは
間違いがないようです。

笛や太鼓に乗せて、秋の実りの豊かなる事を願い。
加えて「すめろぎのいやさか」を願ったのでしょう。
御代がわりの行事の続くのを見ていて
古代の儀式は果たしてどうだろうと思い浮かべてしまいます。

儀式の話から転じますが、
私は礼というものを軽んじて来ましたが、
秩序の維持、特にも民衆の内心の自由を守る上では
堅苦しくはあっても大事ではないかと
この頃では思います。

もちろん礼の豪華さを競うのは本末転倒ですが、
礼は人間間のプロトコールとして有用で、
余計な軋轢を生まない為には必要だと思います。

しかしながら、礼の形は時代に応じて代わっていかなければなりません。
また礼は法とは別のものです。


たとえば、
男女同権も頭でばかり考えると変な方向にいくのではないかと思います。
まず、生物学的、心理学的な男女の性差、個人差に思いを致さなければならないと思います。

フェミニストだけでなく、男勝りの女性、
女性的な男性、「保守的な」女性もいるわけです。
「保守的な女性の「内心の自由」はどうするのさ?」と
私はフェミニストにいつも質問したくなります。

一夫一妻制も限界があると感じます。
LGBTのカップルの問題、
少子化、一人っ子同士の夫婦の親の介護の問題、
セックスレスの問題などは
世帯を法人化することを義務付けることで
クリア出来ることもあるのではないでしょうか?

女性は出産後に著しく性欲が減退するそうです。
そこを男性がわからないことが多く、
そこからセックスレスになるとか。
性欲の強い男性は不倫に走ります。

最近は有名人が不倫をするとワイドショーの格好のネタになりますが、
生物学的にオスは多くのメスと交尾をし、
より多くの自分の遺伝子を残したいのが本能です。
性病による受胎率低下のリスクを防ぐ為に一夫一妻制が人類に定着したらしいです。

人間の性(さが)に根差した礼の再構築が求められるのではないでしょうか?
現代社会で女性にも性欲のあることをおおらかに語る事の出来る時代になりました。
世帯の法人化は一妻多夫の家族、多妻多夫の家族、
同性カップルの家族をも許容すればよいと思います。
目的は人間が助け合って生きていく為です。
核家族化が進み、介護や育児に対する経済的肉体的な負担が大きくなっている現状を軽減するのが狙いです。

ただし、人間の心理は複雑なものですので、
各各の家族の中で試行錯誤は必要になるとは思います。



ヨーロッパの思想、キリスト教思想は
白黒つけたがる悪癖があります。
ヴィクトリア朝の偽善的な性に関する倫理観が私は諸悪の根源だと思います。
江戸時代以前など結構性の文化は西欧に比しておおらかだし、女性にも居場所がありましたが、
明治になって性道徳が厳格になった面があると思います。

家では妻に貞淑な女性であることを求め、
自らは紳士然として売春宿に通う。
そして、売春婦を軽蔑する。
このような偽善が私は許せません。


社会構造や法制度の改革は人間の心理や生理に根差し、臨床医学的な態度が必要ではないかと思います。
そうでないと共産主義国家の轍を踏むことになります。

漸新的な変化が一番望ましいと私は思います。





令和大恐慌とか起きないと良いが。。。

最近は時事問題に全く疎くなりました。
体調を崩しているか、体調の良いときはとりとめもなく
言葉を調べています。
ネットの情報番組は見る気がしなくなりました。
観ていても何にも変わらない。

ネット社会は「分かった気になる」病にかかりやすい環境かも知れません。
ネットは調べようと思えばすぐに調べられます。
私でも短歌行の記事を書けます。

しかし、ネットのない時代は
調べるのが大変でした。
昨日スマホを手もとにおかず万葉集の解説書を読みましたが、私にはとりつく島もありませんでした。
異世界の言葉です。

しかし、スマホがあると、解説サイトがヒットして
懇切に説明されているページを読める。

これは長所であり短所でもあります。
人間は手数をかけないと覚えません。

一昨日、公園を散歩したのですが、
私は森林浴をしたいと思いました。
しかし、木の名前をほとんど知らないなと改めて思いました。関心がなかったので漫然と木々を眺めて来ただけです。

二度見して樹皮にさわったり、葉の形に着目したり
花の形を目に焼き付けたりしないと覚えません。

シダレカツラというものを初めて知りました。
葉っぱがトランプのハートやスペードの形に似ているのでもしやスペードの由来ではないか?と思いました。
(スペードのマークは剣に由来し、それが木の葉に変わったものだった)
そこで関心が湧いて木にくくりつけてある名札の説明を読むと変種らしい事がわかりました。

家に返ってWikipediaで調べたところカツラの木は元々は
枝は真っ直ぐ上に伸びるそうです。
ところが、県内で枝が垂れた変種が見つかり、
山からお寺に移植されたそうです。
江戸時代にその木は寺の用材に使われて切り倒され、
現在はそのひこばえだったものが盛岡市内のお寺で大木になっています。

私が北上で見たものはその木から接ぎ木(クローン)で増やされたものだそうです。
桂の木も知らなかった事が分かりました。

私は誕生花がネモフィラと菫です。
しかし、その公園で小さな菫が群生しているのを見つけた時にカタクリの花だろうと思いました。
しかし、カタクリではなかった。
花の形、葉の形をよく見てやっと菫らしいと分かったのです。

私はぼーーっと生きてきたのです。
一事が万事そうです。
それはそれで仕方のないことです。

天皇陛下の空位時間にクハンダが来るらしいと心配していました。
聖徳太子の予言です。
クハンダの正体は地震ではないかと言われていました。
クハンダが来なくて良かったとホットしています。

しかし、寝る前にリーマンショックの動画を見てしまいました。
昭和の御代がわりには昭和恐慌が、
平成の御代がわりにはバブル崩壊があったことを思い出しました。

地震やその他の災害はいつ起こるか分かりませんから、
クハンダが来なくても油断なりません。
しかし、令和フィーバーの裏で経済は今後どうなっていくのでしょう?

あまり好材料がないように思います。
沿岸地方も堤防とかさ上げ、住宅の復興需要が落ち着いた後どうなるか考えるとゾッとします。

オリンピックが、終われば万博が大阪で開催されるそうですが、需要が落ち込まないと良いなと思います。
更に今年の10月に消費税が10%に上がります。

心配になりますが、個個人で乗り切らなければなりません。
(金屎は役に立たないですから、ヤバイ)

鋼のような有用な人材はどんな時代でも必要とされます。そう考えれば何とかなるんではないかとも思えます。

クハンダってなんなんでしょうねえ。
トカナの記事でクハンダ対策として
春の天皇賞の馬券をみんなで買おう!
予想屋さんはここが良いよ(*´ω`*)
という記事を読んだときには笑ったなあ。
(この記事はPR記事ですと下にチロッと書いていました)

競馬ファンのお陰でクハンダは来なかった。
良かった良かった。


短歌行の「私的な」解釈

三国時代の英雄、魏の曹操の作品です。

コーエイのゲームの「三国志VII」では詩歌大会があり、
曹操が台詞で
「酒に對しては當に歌うべし。
人生幾何ぞ」
とかなりの頻度で歌うのでそこだけ知っていましたが、
全体を読んだのは初めてです。

一読したのですが、
独創性に富む作風とも思えず、
内容もまとまったものではなさそうです。
詩文の才に関しては、天才的というよりは
古今の詩歌に通暁した人、秀才的な作風だと思いました。

しかしながら、修辞はよく練れていて
即興の勢い、言葉の活きの良さを感じます。

壺齋散人さんという方ののホームページを参考にさせて頂いたのですが、短歌行 其一(其二もあるらしいです)は
四字三十二行(金屎です!許して(^_^;))の詩は
八行ずつに4つ(便宜的に1番~4番とします)に分けられるような気がします。

1番は「人生と酒」
2番は「来たれ若人」
3番は「旧交を温めよう」
4番は「今後の抱負」

をテーマにして歌っているのではと私解釈しました。
曲をつけて歌わせたようですし、
一種のコマーシャルソングのような感じだと思います。
プロパガンダ戦の一貫だったかもしれません。

豊富な詩的教養に裏打ちされた
キャッチーなフレーズを繰り出す達人というか。
一々の句には類型の詩はあるかもしれませんが
要約力、説得力があると思います。

月明らかにして星稀なり
という言葉は4番の一行目にきます。

月夜には星の輝きは霞むものです
偉大な英雄が一人現れるとその他は影が薄くなる。
中原に鹿を逐い、数多の群雄との争いを生き延びた曹操の自信が現れていると思います。

この後に

烏鵲(かささぎ)は南に飛ぶ

の句が続きます。
このカササギは劉備をさすらしく
南に飛んで行ったはいいが、
木のまわりをグルグルまわって
止まる枝を探している。。。と続きます。

これは劉備を嘲ったものか?と
言われています。
短歌行は赤壁の戦いの頃に作られたものかと
言われているそうですが、
果たして曹操は華南を武力で統一しようとしたのか?

私は、曹操は不戦屈敵の理想を実現しようとして失敗したのが赤壁だったのではないか?
とこれを読んで思いました。

荊州も戦わずして手に入れたし、
徹底抗戦の劉備は江夏に逼塞し、
楊州の孫氏政権も小覇王(項羽の再来を思わせたからついたあだ名)孫策も若くして死に弟の孫権の元で政権の基盤は揺らいでいました。

豊臣秀吉の小田原征伐のような
心理戦を狙ったのかも知れません。
才能のある若人よ。
孫氏政権とか、劉備とかに従わないでおいで
一緒に新しい国家建設に勤しもう。
何なら劉備も孫権も帰順するなら許すよ。
高い山を上ってでも、深い海を潜ってでも
とにかく人材が必要なんだ!!

周公旦は食事中であろうと
客がくれば食べかけを吐いてでも
すぐに出迎えたという。
それだから、天下の人はみんな心服した。
私もそれに見習おう。

。。。という感じで軍事的威圧と帰順を促すプロパガンダ戦を展開したのかも知れません。

そう思うと、赤壁での曹操の敗因が気になります。
上述の通りの状況ではシナ大陸全土の統一は間近だったと思うのも当然です。
いや、考えてみれば漢帝国はまだこの時点で健在です。
あくまで献帝の臣である曹操にとっては
朝敵となるリスクを取ってまで孫権が劉備に味方するとは考えなかったかも知れません。

すると諸葛亮、周瑜、孫権、魯粛などは
なかなかの英雄だったという事になります。

兵站確保と大軍の統率は難しいものです。
近代戦でも大変です。
精神力は短期決戦では重要ですが
長期戦では必ず息切れします。

いやいや、書いている自分が面白かったです。
鼻くそみたいな解釈でございます。
正に「すらぁ~ぐ日記」ですな。






平成の御代の大晦日に、令和の御代の来たらむ事を寿ぐ

すこやけき帝の長寿ことほぎつ御代つなぎたる今日ぞめでたき

みちのくのしだれ桂の若葉にも令和に続く雨ぞ降りける

群れ咲きの大樹の下の菫花我も咲かせむ慎ましき花

新ブログ名(5年先)決定

来年の話をすれば鬼が笑うとか、
5年後の話をするなら誰が笑うんでしょう。

壬午は私個人の人生の一時期(四柱推命の大運)ですが、
次の干支は(癸未)なんです。
私にとっては正財と印綬に当たるので
(確実な財産と名誉がやって来る?かも知れない時期です。)しかし語呂がイマイチなので金屎日記か鶏肋日記にしようかと思いました。

このブログを書いてきて、聴乾録を書くんだとか、
アメリカ大統領列伝だ。ロスチャイルド家の歴史だ。ハザール汗国の謎に迫るんだと意気込んで来ましたが、
陰謀史観のみで現実世界の問題を解決することは出来ませんし、かと言って世の中は建前だけでは回っていません。

特にも特定の民族や人物を指弾することは、
覚悟や責任を伴うものですし、
逆に私自身が批判されることも甘受する必要があります。

ネタなどではなく真面目に書いてみて
とにかく自分は愚かである事を知りました。
物知らずで、横着で卑しい人間です。

だからこそ学ぶ、調べる、耳を傾ける。
必要があると痛感しています。

このブログの難点は裏がしっかり取れていない。
文章の構造が分かりづらい。
ジャンル分けが煩雑である。
等々あると自分でも思います。

テーマを分ける。
記事の内容を吟味する。深掘りする。
ブログの体裁を整える。
日常生活とのバランスを考えてアフィリエイト広告を
を取ることを考えたり、仕事に生かすテーマでブログを立ち上げたりする必要があります。

するとこのブログの存在意義がわからなくなります。
ブログを閉鎖することが頭をよぎりましたが、
続ける事に意味があると思い直しました。

私にとって、「奥宮麻母留の壬午日録」がなければ
恐らくこの年で勉強しようとは思わなかったと思います。
ネトウヨ的な言説も私には社会問題に対する無関心や不干渉な態度をとってはいけない。主権者としての自覚を持つきっかけになりました。
麻疹のようなものでした。

いわば、美味しいラーメンスープの鶏ガラ、
鋼鉄を生産する際にでる「かなくそ」のようなものです。

金屎を改めて調べるとスラグ(slag)と言い、
酸性化した土壌をアルカリの成分を生かして中和する働きがあると言います。
私にとっては人間の鍛練の副産物、廃棄物に過ぎないものですが、
そのガラクタの集積が、
誰かの役に立つならばそれは素晴らしい事ではないかと思います。

読み物としては返って面白いかも知れません。
その代わり必ず自分を飾らずに愚かさを書き連ねなければつまらない。

すべからく愚を羅(つら)ねるべし。
「須羅愚日録」というネーミングが浮かびました。
しかし、どうにも堅い。「夜露死苦」みたいだし。
そこで、志は須羅愚のままひらがなにして
「奥宮麻母留のすらぐ日録」にすることにしました。

しかしまだ5年先の話です。
安全な金屎として有効利用するためには
全体的に質を高めていかないといけないと思います。
気が変わるかもしれないし。

製錬されたコンテンツは別物にしたいと
思います。
それらはこのブログでは告知はしないことにしました。
粗い鋼なのがばれるのも恥ずかしいし、
計画倒れ、やるやる詐欺ももうしたくないです。

その分、金屎は量産され続けます。
今後も沢山記事をアップできるように
今日より明日と励みましょう。
(シェイクスピアかよ(゜o゜)\(-_-))

平成の御代は皆様大変お世話になりました。
来るべき令和の御代の平安と皆様のご多幸を祈念致します。

今後とも「奥宮麻母留の壬午日録」を宜しくお願い致します
m(._.)m

皇紀2679年 平成31年 4月 30日

奥宮麻母留 記


(蛇足)
月明星稀は曹操の短歌行という詩の一節です。
学研の中国の古典「文選」には収録されてないようでした。記事は後程書きたいと思います。
しかし、あくまで金屎ですから悪しからず(^_^;)




この字読めますか? 「虧」

この字は「虧く (か)く」と訓読みしますが、
音読みが分かりませんでした。
私は欠けるから類推し「ケツ」の索引を目を皿にして調べましたが降参し、ネットの手入力に頼りました。

虧は「キ」と読みます。
(漢1246)

月満則虧(685)
月満つれば則ち虧くという故事成語からこの字に興味を持ちました。
この漢字の部首は虍(とらがしら)というそうです。
まったく部首もまったく見当がつかなかったので勉強になりました。

さて、この台詞は今激アツな漫画キングダムにも
(乗り遅れました。漫喫行ったら読もう)
出てくるらしい人が言った台詞です。

秦を強国にしたのは商鞅の変法だと言われます。
国家の法秩序をきっちり整えた人が商鞅ですが、
范雎という人は秦の門閥貴族を一掃し、遠交近攻策を
秦の国策に据えて始皇帝のシナ大陸統一をお膳立てした
「強い秦」の礎を築いた人といえます。

この人が位人臣を極め得意の絶頂になりますが、
やがてその権勢に陰りが見えはじめます。
命の恩人を推挙したところ、彼らが罪を得て殺されたり、秦から逃げたりします。
また、猛将の白起を殺すようしむけたりしていました。

蔡沢という人は范雎に対して、
「月満則虧」月は満月になれば必ず欠けて行くもの
呉の伍子胥、越の文種、楚の呉起、商鞅に白起の末路をご存じないのですか?一代の王に寵愛をされても代が変われば立場は危うくなりますよ。

なぜ越の范蠡(ハンレイ)のように致仕(1176)官職を辞さないのですか?

と問いかけたそうです。
范雎はこの言葉を受けて「よろしい」と答え、
蔡沢を上卿として遇し、後事を託したので穏やかな晩年を過ごすことが出来たと言われています。
史記(蔡沢列伝)

范蠡は大好きな人ですね。
男子たるもの范蠡の自在の生きざまはかっこいい。
呉に滅ぼされて滅亡寸前の越の王句践を助けて呉を滅ぼし、越を春秋の覇者と呼ばれるまでに強国にしますが、
その後は
「艱難は共にすれども富貴は共にすべからず」
と言って越の国を忽然と去ります。
斉の国で一度大財を成しますが、あまり名声を手にするのは良くないと財を残して斉の国を去り、
宋の国の定陶の地に移り陶朱公と名乗りまたまた巨万の富を築いたと言います。

范蠡といえば
後醍醐天皇が隠岐に流される途次に
と児嶋高徳という人が帝の身柄の奪還を果たせなかったものの「天莫空勾践 時非無范蠡」の句を桜の木に記し
帝のお心を励ましたという逸話があります。

「艱難は共にすれど。。。」の句は高杉晋作も
長州藩で功山寺決起を成功させた後、英国に留学しようとした際に言っています。

萩にゃ行きたし、小倉にゃ未練、ここが思案の下関。

この都々逸も好き。
司馬遼太郎さんの世に棲む日々で知りました。

オテントサマ丸の奇襲とか、
劇的なお方でございます。

続きましては月明星稀の話に移りたいです。

私の命式の自分なりの結論

私も数えで不惑の年齢になりました。
このブログでもくどくどと取り上げてきた、いや検索上位にくる自分自身の四柱推命の命式について私なりの考察がまとまりましたなで記事にしようと思います。

自分の命式に関する結論的記事です。今後は仮に易、八字に関し取り上げるときは自分探し的なものではなく、基礎から勉強した内容か、有名人の方の命式などを取り上げたりしてみたいと思います。

まあ、しかし記事化するとしたら大分先になると思います。
マサチューセッツ州の歴史の1つもまとめられない私ですから(苦笑)
今思えばマサチューセッツ州はアメリカ史の中でも重要かつ複雑な地域です。横着者には歯が立ちません。

さて、私は
昭和55年2月21日11時54分
の生まれです。

この日のお日柄は悪く赤口(しゃっく)の日でしたが、
午の刻のみ吉ということで、私はセーフです。
二十八宿占いでは昴宿です。
目が悪いので今だにすばる星(プレアデス星団)がどこにあるのか分かりません。

甲子の日で大黒さまの縁日でした。
小さい頃祖父が
「おでぇこくさま、おでぇこくさま豆でござんす」と
いって枡に大豆の煮たものを神棚にお供えしていましたが、その時によく祖母が「おめえは大黒さまの日に生まれだんだぁ」と言っていた気がします。

四柱推命の命式に直すと、

年柱 庚(偏官) 申(偏官)‐絶
月柱 戊(偏財) 寅(比肩)‐建禄
日柱 甲 子(印綬)‐沐浴
時柱 庚(偏官) 午(傷官)‐死

格は建禄格の中和かやや身弱だと思われます。
月令を得ているので日主の木行は強いのですが、
年干支、時干に庚が3つもあります。春の庚金は一番弱いとは言え寅申の冲も木を傷めつけています。

肉体的には強い方でも精神的に弱い。
特にも甲木は心がボッキリ折れると立ち直るまで時間がかかるとも言われます。

今はブログのタイトルの通り壬午の大運が巡っていますが、午が2つあると子午の冲が解け、寅年になると寅申の冲が解けます。
大運や流年運に支合や会局となる十二支がやってくると冲去して身旺にも変わるという複雑な命式なのだと思います。

それから日月年の干に甲戊庚が揃っています。
これは天上三奇という神殺です。
(多くの解説書には庚日戊月甲年が採用されていますので
天上逆三奇というべきなのかも知れません。)
中国語のサイトを読むと勲業卓著、国家柱石、出将入相など大変華々しい神殺ですが、ただし書きが多い神殺です。冲があるとダメとか、逆順はダメとか、特体得地が条件であるとか。。。訳が分かりません。

これを調べる為に三命通会を記した中国のサイトを読んだりしましたが、素人には天上三奇は難しすぎます。
唯一当たっているとしたら精神異常、不同凡俗という辺りでしょうか?
精神病持ちであるとか、奇人変人であるとかです。
変わり者だし(泣)

この神殺が力を発揮するかどうかはわかりません。
大器晩成型ということで、今後運が開けて欲しいなとは思います。(こればかりは本人の努力次第です)
私個人としては天上三奇が当たるとすれば甲申の大運が巡る54歳~64歳(甲(比肩)申(偏官)‐絶)が華々しく飛躍を遂げる時期になるとわくわくしています。

絶という運は本来は運気が弱まった方の状態ですが、
過去世から新たなる人生(胎、養、長生と続く)へと続く
霊魂だけの状態であると思います。
私が飛躍するならきっとこの辺りの年に勝負時が来ると思います。

今までは「貴命だ。貴命だ。」と信じたり、喜んだり逆に不安になっていたりしましたが、(おめでたい性格です(恥))具体的にどのように行動すれば良いかがよく分かりませんでした。しかし、五行のバランスを見て私自身の運の開ける方法に最近気づきました。

それは一言でいえば「大木として育つように努力せよ」と言うことです。
甲日干の私は乙木(草花)のようにすぐに花を咲かせたり、実がついたりすることはありません。
世の中の役に立つ為にはゆっくり時間をかけて育てないと行けません。庚が多い人はせっかちだと言われます。
実際私はせっかちで飽き性ですが、石の上にも三年というくらい1つの事に結果を出すのに辛抱して時間をかけないといけません。

その為には、丙(太陽)の火が必要です。私は雨水後の生まれであるので丙はあまり必要ないのかも知れませんが命式全体を見回すと金水行が多いので丙の力が必要です。これは食神にあたります。

食神は文化芸術などの星を表すので、傷官的な批評・論評をするよりも、俳句とか短歌とか創作活動などをブログでやった方が運が開けるということだと思います。
ブログの性格も同じ政治経済のテーマでも他者の批判ではなく、創造的なものを取り上げて行きたいと思います。

しかし、食傷の五行は実は日主の気を洩らし弱める働きもあります。身旺の人はそれでちょうど良いのですが、やや身弱の私はエネルギーの消耗が激しいようです。
私にとってブログを書くということは消耗が激しいのです。

しかし、私は自信をもって果敢にチャレンジしなければなりません。くよくよしがちで、心の浮き沈みが激しいのですが、自信を持つしかないのです。
おめでたい、強運の星の元に生まれたと信じるのも意味があるかもしれません。

私にとっての用神はやはり印綬にあたる水の五行であると思います。甲を剋す庚の強さを逆に甲を養うエネルギーに変えてくれるからです。
ところが、あまり水が強くなると木は根腐れを起こします。だから、果敢なチャレンジ、文化芸術など創造的活動が水の養分を無駄にしない為に必要だと気づきました。

印綬とは学問の星です。こつこつとした勉強の蓄積が私自身の心の拠り所になるのですが、それだけだと根腐れを起こしてしまう。
だから、これからは外にどんどん出て行こうと思います。しかし、身弱ですから最初は慎重に行かねばなりません。ブログは書き続けますが、日本文化の易簡、変易、不易について考えて行きたいと思います。

例えば人権と天皇制のバランスについてとか、
移民の受容と日本文化の美質の保全とか、
税制と福祉のありよう等々です。

このようなものを考える為にも自信を持ってブログで取り上げられるように水行の勉強が必要です。
そして枝が生き生きと伸びてきたら時々枝打ちをし、
真っ直ぐ大きく育ったら、斧で斬り倒して材木になる。

私の命式は木火土金水が揃っていますが、
五行周流とはとても言えない命式です。
五行がたぎっているという感じです。
それだけに以下の開運法を徹底したいと思います。

甲・・・自分に自信を持ち果敢にチャレンジする。
丙・・・批判ではなく創造に力を使う。
癸・・・サブカルチャー的、雑学的な知識ではなく、体系的な知識を身に付ける。


四柱推命や中国語の知識についても機会があれば体系的に学びたいと思います。
(今日のノルマ終わり)


アメリカ人の宗教と地域差

アメリカ合衆国の人々はみな一様に近代的な合理主義の精神を持つと思っていたが、実はそうでもない。

同じくらい中世的な信仰を重んずる国である。
州によっても違うが面白い。
アメリカ東海岸の北部、マサチューセッツとかヴァーモント州などはピルグリムファーザーズと呼ばれるイングランドのピューリタン(カルヴァン派)が主に入植した土地である。

イギリス国教会はヘンリー8世が王妃と離婚をしたいが為にカソリックから独立した「新しい教会」ではあるが、ピューリタンの人々は世俗的な信心に満足できず、信仰の純粋さを保つ為に新天地を求めた。

彼らにとって新大陸は約束の地カナンであり、
ネイティブ・アメリカンとの戦いはカナン人との戦いだった。
マニフェスト・デスティニー(明白なる天命)である。

フランス人はアメリカには土地よりも毛皮などを求めて入る者が多く、独り身の若者が多く訪れた。
そのため、家族ぐるみで土地を開拓しようというイングランドの入植者達に比べるとネイティブ・アメリカンとの関係は良好だった。

北部の入植者達は信仰心が強く
また同胞としての結束力も強かった。
タウンミーティングという言葉があるが
彼らのコミュニティを運営する会合が語源であると聞いた。(クエーカー教徒の人々など)
アメリカ式の民主主義の原点はこのあたりにあるかも知れない。

一方、処女王エリザベス一世にちなみ名付けられたヴァージニアをはじめとする南部の植民地は北部と様相を異にする。
イングランド王国の国家プロジェクト的な色彩が強い。
とはいえ政府というより、貴族階級の資力のあるものが
大規模なプランテーションを経営するという感じで地主と英本国で貧しい暮らしをしていた小作人がいて比較的に封建的であった。

イギリスが世界の海洋覇権を握るようになると、プランテーションも発展し英国の小作人だけでは人手が足りず黒人奴隷を大量に受け入れることになる。
また、綿花の栽培が盛んになりイギリスの産業革命時の綿織物の主要な供給地となった。

北部は南部に比べて農業生産ではかなわないので
商工業が早くから発展する。
とはいえ、英本国にはまだ太刀打ち出来ない。

北部諸州にとって英国は商売仇であり、
南部諸州にとって英国は優良顧客である。
この立ち位置の違いが、
貿易関税の考え方、政府機構の考え方による
深刻な対立をもたらす事になる。

そしてアメリカでは内戦(Civil War)と呼ばれる南北戦争を引き起こす原因になるのである。

さはさりながら、南部も北部もまずは力を合わせて英本国の理不尽な要求に手を携えて立ち向かわなければならなかった。
ヨーロッパで起こった七年戦争の戦費調達の為に、茶法や印紙法が課せられ、植民地の人々の怒りに火をつけたのだ。

しかし、アメリカ独立に賛成した人は植民地人の3分ンの1で、中立派、国王派も3分の1ずついたらしい。
アメリカ人が1つの国家としてアイデンティティを確立するのは南北戦争以降であると私も思う。

宮古湾海戦

新撰組副長として有名な土方歳三ですが、
宮古湾でも奮戦しました。

幕末の戦いでもマイナーな方だと思いますが、
海戦史上でも特筆すべき作戦が敢行されました。
アボルダージュという近代海戦では珍しい戦法をとったのです。(接舷移乗攻撃という意味だそうです。)
この頃には大砲で撃ち合う海戦が主流でしたので、
大航海時代の海賊戦のような戦いは減っていました。

この作戦を旧幕府軍が敢行しようとした訳は、
箱館にたどり着いた脱走艦隊の旗艦開陽を暴風雨でうしなった事が理由の1つです。
最新鋭の主力艦が旧幕府軍としてどうしても欲しかったのでした。
北海道は本州と海を隔てていますので、制海権があった方が防衛に有利です。

さて、この甲鉄艦を調べるとかなり複雑な経緯で新政府軍の艦になっているようです。

甲鉄艦はアメリカ南北戦争で南軍(アメリカ連合国軍)の為にフランスのボルドーで建造されましたが、
アメリカ北軍からフランス政府を通じて横槍が入り、
プロイセンと戦争中のデンマークに売られます。

しかし、デンマークに船が着く前に戦争が終結し
フランスに戻される事になりました。
その途中で秘密裏に南軍に引き渡されました。
しかし、南北戦争自体もほどなく終結し、アメリカ合衆国政府が艦を譲り受け、江戸幕府に売却することになりました。しかし、幕府が瓦解すると新政府軍がこれを書買い取ります。



新政府軍の新鋭艦・甲鉄を乗っ取ろうという作戦で
複数の旧幕軍艦船が参加する予定でしたが
回天という艦のみで敢行されました。

しかし、旧幕府軍には誤算がありました。
甲鉄の甲板が回天より低かったのです。
接舷作戦というのはよじ登る方が有利と言われますが、
回天の乗員は甲鉄の甲板に飛び降りる格好になり
そこを銃で狙われてしまいます。

その中でも土方歳三は果敢に敵のガトリング砲を乗っ取り敵を撃ちまくります。
(この場面は有名かも知れません。)

トラブルや思わぬ誤算で敗北した旧幕府軍ですが、
東郷元帥はこの戦いに従軍しておられて
旧幕府方の奮戦への賛辞を日記に書き残しています。

東郷平八郎という方は謙虚で、
客観的に物事を捉えることの出来る人だったのではないでしょうか?

こちらが有利でも油断せず、
相手を絶対になめてかからない。
リップサービスというより、多くの人から
貪欲に様々な事を吸収しようとした人だと
私は思います。

そんな幕末のヒーローと明治の大元帥が
邂逅した戦い「宮古湾海戦」。
もう少しメジャーになっても良いのにと思います。

函館戦争、映画化しないかなあ。

新自由主義経済学(メモ)

1930年代の大恐慌時代。

スターリンの支配するソヴィエトは着々と国力を増強していました。
(実際は恐怖政治による強権政治が行われ、多くの人民の犠牲と矛盾をはらんだ成長でした)

しかし、ソヴィエトのプロパガンダを信じ、理想的な社会だと考える西側知識人が多くいて、
大恐慌後、資本主義の限界を感じていた多くの人々は
共産主義者になりました。

イギリス、アメリカなどは自国で共産主義革命が起こるかも知れないと懸念して左派的な福祉政策を行いました。ルーズベルトのニューディールなどがそれです。

しかし、アメリカの経済が好調になったのは、第二次世界大戦後の事だといいます。自国は戦場にならなかったのでアメリカはヨーロッパや日本に工業製品を輸出して
羽振りがよかったのです。

この時期は引き続き民主党大統領による社会主義的な政策が行われた時代でした。キング牧師の公民権運動など人種差別撤廃の動きもありました。

ところが、冷戦が始まりアメリカがベトナムに介入するようになると巨額の戦費がアメリカ財政に重くのしかかります。また、復興を遂げた日本や西ドイツからの安い工業製品を輸入され、貿易収支も赤字になりました。
「双子の赤字」問題です。

新自由主義経済学は1960年代のシカゴ大学の経済学者が
主唱しだしました。
当時の民主党支持層は長年続く「大きな政府」による社会主義的な政策や黒人優遇政策などに嫌気がさしていました。

ニクソン大統領時代に、共和党は南部への支持拡大に力を入れ、南部の諸州はすっかり共和党の地盤に変わってしまいました。
南北戦争を戦うためにリンカンが結成した共和党を南部の人達が支持するのですから革命的です。

こうした中で「強いアメリカ」の復活をかかげて大統領に選ばれたのがロナルドレーガンです。

この頃には新自由主義経済学は経済学の主流派になり
レーガン政権はそれにそった政策を行いました。
政府機関の民営化、規制緩和、対ソ連への軍備拡張です。

日本では中曽根政権時代にあたります。
この頃から日本も「官から民へ」の流れが始まります。
国鉄もJRに、電電公社もNTTになります。
(私が考えますに、この当時からアメリカは日本を反共の盾であると同時に経済的には敵国とみなし、自国資本の参入の地ならしを目論んでいたように思います。)

レーガン政権はソヴィエト崩壊を引き起こす事には成功しましたが、
経済的には成功したとは言えませんでした。

クリントン政権時にIT革命を推進し、金融業界の規制緩和を行い、複雑な金融派生商品の売買が出来るようになりました。
これが、リーマンショックまでアメリカ経済を支えるようになります。

一方、対テロ戦争の長期化はアメリカの軍事力にくらい影を落としています。
大規模な軍事作戦を展開しづらくなっていますし、
兵器開発も予算が削られています。

ヨーロッパでは新自由主義経済学に基づくグローバリゼーションに疑問を持つ人が増えています。
悲しいかな日本はアメリカの属国なので逆らえません。
貧富の格差は益々拡大すると思います。


日本政府は死んだな。。。公文書や記録を残さないで後世の人はどうするんだろう。

リテラの記事に昨年改正された公文書取り扱いのガイドラインの実態を毎日新聞が報じているとありました。

議事録は必ず作成するようにルールは変更されたものの。そもそも議事録も、公文書も作らず
職員の頭の中にメモするように指示されているとか?

首相との面談中には記録作成担当の職員を入れさせないといいます。

呆れた話です。
ワイドショーやネットではムンジェイン大統領が
アメリカで二分しか会談できなかったという話の方が持ちきりですが、
なかなかどうして我が国も負けていません。
こんなことをしてたら国家が国家として機能しなくなる。

「安倍政権時代ってどんな時代だったんですか?」
「ろくな時代じゃなかったらしいよ。でもあんまり詳細な記録がないんだ。」
「じゃあ、次の時代の人が悪く言い過ぎたのかも知れませんね。」
「評価の定まらない人物だね。」

それが作戦だったりして。
しかし、もしも死後の世界があるのなら
閻魔様にどんな裁きを受けるんでしょう。
冥府の神は人間のように騙せますまい。

(平成31年4月18日追記)
私は長州藩が好きだったのですが、幕府の人にも優秀な人材がいたことを知り、段々佐幕派のファンになりました。中でも小栗忠順が好きです。

この人はいち早く西欧列強との金銀の兌換比率の問題を指摘し、軍制改革を行って幕府を建て直そうとします。
箱根の天険を利用して新政府軍を食い止め、富士山丸など新鋭軍艦で陸と海から挟撃することを将軍慶喜に提案し、慶喜の袴に取りついて懇願する逸話は有名です。

しかし、幕府が朝廷に恭順の意を示してからも
日本の近代化に心を砕き、横須賀の造船所を建設し続けました。

軍事評論家の田岡俊二さんの話によれば
江戸無血開城後に官軍が驚いたのは、行政文書がきちんと管理されていたことです。
薩長の動向を探る密偵の記録も廃棄せず、しっかり残していました。

しっかりとした公文書は金銀財宝に勝る宝です。
漢の高祖劉邦が、強敵の項羽に打ち勝つことが出来たのは腹心の蕭何が秦帝国の遺産である公文書を全て接収し、作戦立案や兵糧、兵員の補給にフル活用したからです。
劉邦は天下統一後蕭何の功績を第一としました。

かたや大日本帝国の陸軍を中心とする参謀は
現実を直視せず、前線の指揮官の悲鳴のような報告は黙殺し、自らの責任を負わないように、
架空の飛行場や陣地を記した地図を元に作戦を立てていました。

アメリカはドイツや日本に兵器の質ではむしろ劣っていましたが開戦当初からソナー、レーダー、暗号解読など情報戦の分野で勝っていました。
これが大東亜戦争の勝敗を分けたと思われます。

明治維新が成功した裏には、
江戸幕府の統治機構やインフラがしっかりしていた事もありますし、幕府方の大人の対応もあった訳です。
会津藩の血の犠牲もありました。

また、正確な情報の重要性は
万事に通じる事です。
安倍政権(というより中曽根・橋本政権ぐらいから)
公共インフラの民営化を日本は推し進めて来ましたが、
新自由主義経済学という需要サイド無視、
景気循環などそもそも存在しないという不思議な
経済学が根底にあります。

その新自由主義経済学は
「金持ちが何で貧乏人の分まで国の税金を払わなきゃならんのよ。」
という発想を正当化しようとしたものだと私は思います。
そのような経済学思想に基づいたグローバル市場の拡大が世界中の格差拡大を招き、大多数の人々の自信を打ち砕き、過激なナショナリズムに駆り立てている。

。。。と無い頭で考えても仕方がない。
私も足元から考えましょう。

このブログは読みごたえが足りないのだ。

アクセス解析のやり方がわからなかったので
分析のしようがなかったが、今日改めてそのやり方を調べた。やり方はマニュアルに100年前から書いてあるのに、自分が読んでいないだけだ。

その結果、トータルアクセスとユニークアクセスがほぼ一致している。あんまり読み込まれていないということである。

一日一記事を目標に更新しているが、
読み手の側からみて内容が薄いのだと思う。
トータルアクセスがユニークアクセスの2倍3倍になっているならこのブログの読者は複数の記事を読んでいることになる。
読者の皆様は更新された記事だけ読んで、おしまいだ。

一日で50アクセス以上あると個人ブログとしては
平均以上なようだから、ありがたい話である。

しかし今後の課題は2度3度読んでもらえるように工夫しないといけないと感じた。

文章はやはりスマホで打つのは厳しい。
慣れない時は長々うって消してしまうこともしばしばあった。心が折れる瞬間だ。

画面を拡大し、変なところを触らないようにして、文字色やフォントサイズを変えるのを極力ひかえているのも、それをいじろうとして画面が遷移して文章全体が消えてしまうのが恐ろしいからだ。
すると、前後がつながらない珍妙な文章が出来上がる。

ブログは勢いがないと書けないし、難しい。
でも、現状では読み手に不親切なので丁寧な記事作りを
今後は心がけたい。


また、どんなに恥ずかしい記事でも削除するのは
卑怯な気がするので、
削除はしないが、文意を損なわずに修正し、
どうにもならない記事はどこかに整理してまとめるようにしようと思う。

(一度アップして「てにをは」を見直すとよいかも知れない。)

竜片は畏れず、刹那は散ぜず

令和の元号は万葉集に由来して素晴らしいと思う。

しかし、私はことさらに「国書」を典拠とした初の元号と強調することに興醒めする。
文選の中に元ネタがあったとか、そういう話になるからで「令和」に込めた願いが霞むではないか。

令の字に違和感を感じたのは、命令、律令とどちらかというと権力の存在感が強いと懸念した為であるが、
令月はめでたい月という意味もあるから良いとは思った。

しかし、元号に画数の制限をもうけるのはどうだろう?
同じレイでも礼とか麗の方が良いのではとおもったりする。

私個人でモヤモヤが残るのは元号とは
治政の要諦を記した古典から新たなる治世の
所信を為政者が示すものであるので
国書には「治政の要諦」を記した適切な書はない。
そういうルールを破って果たして保守なのか?
疑問に思うのである。

しかしながら、元号は国の法律で定められているし、
既に決まった事である。

これからは一国民として
来るべき令和の御代を良い時代にするべく
努力するのみである。

さて、最近私は
保守とかリベラルとか、
右派、左派などの争いは馬鹿らしく思えて来た。
徒党を組んで内輪で争うのは
イデオロギーや洋の東西を問わない。

人間は社会的な生き物である以上、
組織や社会といった群れの中で行動するのは
宿命である。

そのような群れの中で生き抜く術を身に付けなければ、
アイディアや主張があっても生かすことは出来ない。
日本国は世界の金づるになっている。
国家として、アイディアや主張を押し通す
力も知恵もないからだ。

そのような日本国の中で私は更に非力である。
冷笑、嘲笑の対象でしかない。
しかしながら、それを受け入れて
変わろうとしなければ、「世界の日本化」など
出来ようはずもない。

自分自身が世間に一目置かれる人間にならなければ
永遠に良い方向には向かない。

司馬法という兵書に不畏不散という言葉の連なる句がある。
私はそれを読んで7年くらい前になるほどと思った。
しかし頭でわかっただけだった。
最近、自分自身は身に付いていないことに気づいた。
うつの自分が社会復帰するには身に付けるべき習慣である。

大きな竜も微細な欠片にしてしまえば恐れることはないし、
刹那に何も考えずに行動すれば気が散ることもない。
まずはそれを身につけることから始めたい。
竜片不畏、刹那不散
という言葉を作ってみた。

漢語だって立派な日本文化だ。

(平成31年4月16日追記)
竜片は畏れず、刹那は散ぜずと読ませるなら
竜片、刹那は主語でしょうか?
語順を変えました。

「日本民族滅亡」・「日本国滅亡」以後

政府はアメリカに吸収されていき、
社会構造は少子高齢化で日本人が現象。
貧しいアジア系の人々が移住してきます。
優秀な人材は、あまり日本に魅力を感じないかも知れません。

治安が悪化し、公共サービスは質が悪くなります。
それでも日本の市場が規模の大きい内は経済的な侵食で済むと思います。

日本ぐらいの国家になるとハルマゲドンになりかねないので、各国自重すると思いますが、核兵器を持っていないので米・中露の代理戦争の戦場になる可能性もあり得ます。
そうなると、日本も再起不能になってしまうでしょう。

しかし、より現実的なのは軍事的というよりは
平和的、経済的手法で日本の権益が各国に奪われること
ではないかと思います。

外国人が新たな支配層として定着する。
日本の精神文化は全く変質してしまうかも知れない。
衣食住などの生活様式は案外残ると思います。
政治や社会構造は絶対に変質します。

それを日本文化がしぶとく跳ね返すか?
融和していくか?
わかりません。

日本文化を普遍的なレベルにまで高めていく必要があると思います。
夜郎自大ではなく、他国をよく研究し、洗練したものにしていく。

また、弱者が強者に勝つ為には情報収集力と情報処理能力が重要になると思います。

アジア諸国の研究は速効性があるかも知れません。
移住してきた人々が日本びいきになるか?
反感を持たれて憎しみあいが起こるか?
その辺りの研究を横着してはいけないんだと思います。

日本文化の精錬、蒸留と
他国の情報収集研究。
加えて歴史の研究。

核戦争の時代になった今は
言い方はきついですが、学問文化が主戦場になるのだと思います。

日本人一人一人が生き残る為にはきっと学問文化の探究、人間性の向上が必要なのだと感じます。
そうすれば、国や民族が無くなってもそれなりにやっていけるのではないでしょうか?

(4月13日追記)
大木が倒れても、ひこばえが次々に芽吹き元の幹よりも大きく育つ事があります。
私の生まれ育った山田町はタブノキの北限と言われています。

タブの木は(中国では楠の字があてられるらしい。日本の楠は樟の字)中国南部を原産として、台湾、朝鮮半島南部、日本の沖縄九州~東北南部の海沿いに広く分布しています。

想像をたくましくすると、この木は私たちのご先祖様が
原産地の江南地方から船の用材として運んで来たのでは
ないか?と思います。

倭人の活動範囲にタブノキの生息分布が重なるからです。育ちやすく、扱いが容易なタブノキは古代の人には
重宝がられたと思います。
各地でご神木になっているのはその名残ではないでしょうか?

このタブノキの強さを日本人は見習わなければならないでしょう。
何があっても生き抜いて再生する。
日本文化もそのようであってほしいと思います。

政権延命の為のスケープゴート

桜田大臣が辞任しました。
それから、青山繁晴議員の記事がエゴサで上位に来ます。

だいぶ前の記事なのになんで?と思いました。
理由は他の保守の方から最近叩かれたらしいですね。

安倍政権は曲がりなりにも民主主義的に選ばれた政権です。
しかし、体質は独裁政権的なものだと思います。
ブレジネフ政権時のソビエト連邦のような実態ではないかと思います。

集団指導体制だが、名誉欲や虚栄心の強いブレジネフと
各々の部署の利権しか考えない党幹部達、
それにおもねる腐敗した官僚機構。

そんな政府で実のある成果を出せるはずがない。
責任は自分らで取りたくないので、誰かを敵に仕立て上げ米帝国主義の手先、反革命分子、ブルジョワ反動主義者といって吊し上げる。

日本国政府の失態は最近は多過ぎてひどいです。
統計の改竄はアベノミクスの「不都合な真実」を
隠すために度を越したので発覚したのでしょうし、
改憲(安倍式の改憲は私は不賛成)も、領土問題も拉致問題も親展が見られません。

ネット保守層が期待した外交・内政政策も
実現されず、
アベノミクスの成長戦略は新自由主義的で、竹中平蔵と彼の糸を引いているアメリカ辺りの多国籍企業が
喜ぶような政策ばかりです。

支持率は安倍首相よりまともな人がいないから、
高いのだと思います。

私もこのブログを始めた頃は熱く安倍さんを支持していました。(保守的な政策を遂行してくれると考えていました。)

しかし、その当時でも熱く支持する人は少なかった気がします。
どちらかといえば、民主党よりまし、経済政策がまともそうだからそっちの方が大きいと思います。

ところが、格差拡大と、国家戦略という名の元に
日々の生活に忙しい国民を小馬鹿にするかのような
えげつない、露骨な利権誘導。

発覚しても責任者側は
「私は責任者じゃない。だから指示を出していない。指示を出したのは「空気」です。」
と言えば担当者は担当者で
「私は粛々と職務を全うしただけです。誰からの支持?
もちろんその場にいた「空気」ですよ。」

まあ、これからは都合の悪いことがあったら「その場の空気」のせいにでもすれば良いですよ。

一般国民に向けては桜田大臣が生け贄になります。
期待していたのに保守政策が実現されないことへの
不満そらしは青にゃん叩きで済まそうというんじゃないんでしょうか?

ネット保守の人々は
「日本を守る」=「安倍政権を守る」
が同じ意味になっているので、
「安倍政権を守る」事が「日本を守る」事と
大きく乖離している現状を受け入れられず
政権維持に手を貸すことが目的化しているように
私には思いますが、皆さんはどうお考えになりますでしょうか?

私は「日本を守る事」とはどういう事なのか
目的を明確にしていきたいと思います。


欲張りすぎて失敗、それを取り繕おうとして被害拡大 ~F35戦闘機に感じる悪い予感~

F35Aが墜落しました。
大変心配です。
パイロットの方の生還を祈ります。

さて、米国の最新鋭の戦闘機の事故なので
衝撃的です。
News Week Japanの記事だったと思うのですが、
F35は実証試験中にドックファイト(格闘戦)で
F16に負けたという話題がありました。

F15イーグルという素晴らしい戦闘機がありますが、
これを上回る使い勝手のよい主力戦闘機は開発されていません。

F22はコストが高く、
それでコストを抑える目的もあって開発されたと記憶しています。

さらに、陸軍や海軍からのあれやこれやの機能追加の要請もあり、結果として一機単位での戦闘能力が悪くなったらしいです。

それでも、F35の強みは敵の誘導ミサイルをおかしくさせる電磁波を発したりする次世代型の空中戦。
集団戦闘にあるらしいのですが。。。

武器の歴史を見ると、性能のバランスの良いものが
長く使用されるようです。
零式艦上攻撃機も
航続距離の長さとか、操縦性のよさとか
を最大限生かしたから名機となりました。

このバランスとはきっと目的を曖昧にするようなバランスの取り方でなく、
明確化した目的を鮮明にした上で
特徴が際立つようにバランスさせる。

それが物事の成功の条件かも知れません。
一見いびつに見えるけれども
釣り合いが取れている。

F35Aの墜落事故からあれこれ考えてしまいました。
手動で操縦する感覚が違ったのだろうか?

結末を知っていれば騙されない。

物語は結末を知っていると、
なかなか楽しめない。
終わりがどうなるか見えないから
引き込まれてしまう。

歴史における現在進行形の熱狂も
終わりが見えないから、
最悪の結末が待ち受けていようとも
狂喜乱舞する。

当事者でないと何故騙されたのかわからないのだ。
スターリン政権下のソヴィエトに幻想を抱いた人々は
限られた情報しかない中で判断した。
予知能力がある人でもなければ人間は簡単に騙されてしまう。

騙された人々を私たちは笑えまい。
天地否の九五の爻辞のように慎重にしなければ
何事も騙される。

知恵の光の差し込まない暗闇は恐ろしい。

雷神社の椿

雷神社という所が北上市役所の南にある。
自転車で北に抜けようとすると
椿の花が満開だった。

目抜通りに面しているので交通量が多く
排ガスにくすんでくたびれているようにも見えたが、

健気に咲いている。
お参りをして帰った。




野党には「批判ネタ一個見つけた」で終わって欲しくない。(塚田氏発言)

「さもありなん」という思いで塚田副大臣の「忖度しました」発言を聞いていましたが、
森友加計疑惑と同じ結果にならないか心配です。

野球でフォアボールとエラーとワイルドピッチで
何点か取っても、ヒットを打った点数を絡めなければ
簡単に試合をひっくり返されるように
野党側にはヒットを打ってもらわないと何も変わりません。

参院選まで攻め手が増えたとだけ考えているようであれば時間の無駄だと思われます。
「政治的な圧力はかけていない」
「証拠もないのに憶測で批判するな」
「責任をとるべき人はいない。責任を取る必要はない」

責任を取るべきなのは「空気」なのかも知れません。
「空気」とは恐ろしいものです。
そういえば「失敗学のすすめ」という本があったような気がします。

ヒトラーに楯突けない空気。
毛沢東に文句を言えない空気。
(一応、彼らは結果を出している)
日本陸軍は無敵であるという空気。
(成功体験に胡座を書いている)

リーダーがこういう空気を警戒し、
壊していかなければならないと思います。
自民党には今空気を読まず発言する実力者がいない。
日本国政府がいい方向に向かっていたとしても
どこかで失敗した時に修正するのが難しいでしょうなあ。

和とは馴れ合いではなく、
礼儀(手続きや節度)をしっかり保ち
助け合うのが和だと思います。
新元号は音が「礼和」にも通じます。

大変風雅な、梅という高潔な花をめずる歌から
取った年号なので、
私もひそみにならいたいと思います。


コンプレックスはどの国でもあるのだろうか?

「我が国はうまく行っていない」

という感情を持っている諸国民は多いように思われる。
「栄誉ある時代」とは後世の人は言えるが
その時代に生きている人にはなかなか出ない言葉なのかも知れない。

エデンの園とか、高度経済成長期、明治時代、
ヴィクトリア朝、ロシア帝国の栄光、
中華帝国の栄光などというものの
イデアの世界、ユートピア、人類の悲しき幻想かも知れない。

過去の「麗しき記憶」は
打ちひしがれた時に自信を取り戻すのは必要かも知れない。
ナショナリズムが世界で昂っているのは
多く自国への自信喪失にあるのではないか?
プーチン大統領の半生をあまり詳しく知らなかったが、
東ドイツのKGB事務所に暴徒化しかけた東ドイツ市民が殺到した時、ピストルを持って大声で威嚇し、
市民を追い払ったそうだ。

並の胆力ではない人だ。
頭も切れるし強い。

だが、力強いプーチン大統領の内面には、
衰亡する母国を何とか建て直したいという思いが
根底にあるのではないか?

トランプ大統領でもそうだ。
Make America great again!
と言っているということは、
今アメリカは谷間のグレイトな期間である。

トランプ大統領の目指す偉大なアメリカとは、
1930年代の大恐慌以前か、あるいは第二次大戦後の民主党政権期か?

「古き良き日本」という概念も甚だしく曖昧だ。
私にとっては生まれた頃が
戦後経済の坂の頂上で良き時代だったような気がする。
今より虚栄心が強く物質主義の時代、
世間体を気にする時代だったようにも思う。

「物事は相対的なものなのだ」という事が
唯一の絶対的な真実かも知れない。

そこに希望が見いだせる。
「諸国民と分かち合うべき未来」への希望が
きっと見いだせるような気がする。



和歌・短歌・漢詩

俳句は句会に参加したりして
先生の添削を受けたことはあるのですが、
短歌に関してはまったく素人です。

文語調の作品を現代に詠む事の意義が
あるのかどうかわかりません。
しかし、文語調の辞世の歌を詠めるように
今のうちから練習しようと思っています。

このブログに歌を載せるようになって
3年くらい経ちますが、まともな歌を1つの記事に整理して書いて置こうと思います。

また、番外編として漢詩らしき(五言律詩の体をなしていない)ものも載せました。
漢文の文法もよく分からないので
漢詩を作れる人間になるためには論語とか易とか書写したり漢和字典を勉強したいと思います。

短歌
草青む畦の朝霜きらきらと野焼の煙はひくくたなびく

白鳥も若人も皆さん発ちゆけど立つ瀬なき身に六度目の春

柿の木も銀杏の枝も際立てど際も図れぬ空の青さや

山越えの道の端なる百日紅狂いし夏も健やけく咲く

眼鏡屋の角もいとしもスピノザの神の時空に在るを思はば

片恋の君待ち居れば不来方の街は五月の雨に濡れける


こうして並べると駄洒落ばっかりですね。反省しよう。

和歌(朝の歌)
明けがらす海猫のごと鳴きしかば波にや変われ堰の水音

天離る白鳥の声いづくやと振りさけみれば星のみぞ見ゆ

ひさかたの霙雲なる御簾ごしに天の御祖の春日麗し

ひむかしのはるけき山ややうやくに朝日ぞ昇る日高見の国


情景描写だけで中身が薄いだろうか。。。
心情表現とか、叙情が足りない気がするり


和歌(信仰)

あしひきの法の深山を行きまどひ今日ふる雪に杣人の跡

現し世も鏡と知らば有漏の身の地獄も花の園と知るらむ

往く道は八十やあれども皆人の到れる道は一つこそあれ


拙い。やっぱり素人だ。


漢詩らしきもの

中孚之春声

陽光漸融雪
白鳥去北天
佞奸徒雷同
君子隠桃源
咲梅兮恐恐
鳴鶯兮失色
未知巧詐久
吾待更春声

陽光漸く雪を融かし
白鳥は北天に去る
佞奸徒に雷同し
君子は桃源に隠る
咲梅に恐恐とし
鳴鶯に色を失う
未だ巧詐の久しきを知らず
吾は更なる春声を待つ

本当は6、8行目の句も押韻しなければ
五言律詩とは言えないらしいです。
ダメだこりゃ(*_*)

日本国憲法第12条

第12条 この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によってこれを保持しなければならない。
又、国民はこれを濫用してはならないのであって常に公共の福祉のためにこれを利用する責任を負ふ。


改憲あるいは、創憲すべきと考える私には障害のように思いましたが、改めてしっかり読むと、有り難い条文です。

現憲法が施行されてから70年経ちます。
これを無理やり改めるのは、無用の混乱を招きます。

立憲君主制の日本帝国の確立。
国防軍の正式創設。

が私の考えるあるべき日本の姿なのだと思います。

この主張を多くの人に理解してもらい、
実現させるためには、私は公務員ではなく一国民でないと行けません。

また、近代社会が多くの犠牲を払って勝ち取った
民主主義的な権利は保障されなければならないと思います。

私が改憲・創憲すべきと考えるのは、
現行憲法が日本の実態に則していない点が
あると思うからです。

それが国防と国体に関する神学論争のような
果てしない平行線の議論につながり
社会環境の変化に柔軟に対応できないのではないかと
思います。

例えば、宇宙開発やバイオテクノロジーや
サイバーセキュリティーなどは軍事的な要素が絡むと
日本では及び腰になってしまいます。
そこで不毛な論争をしている間に、ライバル国は
どんどん先へ言ってしまいます。

そうではありますが、
平和への希求と戦争放棄。
国際協調路線の堅持。
そして基本的人権の未来永劫の保障は
両立されないといけません。

私はアイディアで貴族制を復活させ、
過疎地に住む人、軍人、一次産業従事者に
貴族になってもらい、税制で優遇したり、
俸給を国から支払ったりすれば少しは地方に移住する人も増えるかと考えましたが、

これも憲法では明確に否定されています。
職業選択の自由とか移動の自由とか
抵触するのでこれも難しいと思います。

人間の生き方、価値観が多様化しています。
人は皆、本質的には平等ですが、
一人一人違います。
差別ではなくて、区別して
一人一人の権利と義務を天秤にかけて
総合的に公平性を保つという事が
法律的に出来ないものかと思います。

行政手続きは煩雑になるかも知れませんが、
それこそ人工知能の出番でしょう。
自然科学の中にいっぱいヒントがあるような気がするのですが。


大和帝国の妄想から学んだこと

この発想の根幹にあるのは、
無力な国際連合の現実にありました。

ユニセフの募金のCMなどがありますが、
貧困国では国連の物資が手に渡るべき人々に届かなかったりする悲しい実態があります。

また、最近は紛争が止まないのに、
調停期間としてあまり機能していません。

平和的に国際貢献しようと志ある日本人の方々が
多くいらっしゃいますが、
紛争地域での活動は危険を伴います。

また、グローバリゼーションが進み、
世界が一体化し複雑になりました。
国家という存在が危うくなっています。
多国籍企業や、国際的な犯罪組織への
対応が難しくなっています。

私は右派的考えの人に共感するところが多いのですが、
なぜ、右派の人は我が国を思うように全地球を思わないのか素朴な疑問を持っていました。

チャンネル桜の討論でスパイ天国である日本という
回を見たときに、守るには攻めてみようと考えなければ
守れないと思い至り、世界征服をする日本という時代錯誤の妄想をしだしました。

一応、思索にはなるかも知れません。
大真面目に考えましたから。
目的は地球規模の諸問題をスピーディに解決する事です。

ここから、いかなる政体が適しているか?
という興味が湧き、
覇権国の米中欧露の実情に興味が湧き、
戦争に関する興味が湧き、
国際法に関する興味が湧き、
何よりも、日本国、岩手県、自分自身の生き方に
思いをいたさなければならないと考えるようになりました。

核兵器の時代になっていますが、
旧来の戦争と変わらないのは
戦後統治の難しさです。

武力による戦いは無益であると思うようになりました。
経済、文化、学術の面で競争する。
それが穏当であると思いますが、
軍事力、なかんずく核抑止力を持つ国が
主導権を握っているという厳しい現実があります。

また、日本は敗戦国であり、
先進国のキリスト教文化圏でもなく、
良い意味でも悪い意味でもアジア諸国ともまた違った
異質な文明を築いて来ました。

(例えば日本には宦官の制度は導入されなかった。
朝鮮半島からオスマントルコまで宦官は存在しました。
大変不思議です。
大陸文化をただただ受容してきたわけでもない。)

これこそが日本の強みにも弱みにもなりえます。
この異質さを自慢げに語るだけでは、
軽蔑や誤解を招く恐れがあります。

相手の文化の中に分け入って
相手の論理や文化を尊重しつつ、
主張したり、妥協点を見出ださなければなりません。

私は、今後はその為に勉強したいと思っています。
法律と経営と語学の知識は社会人としての経験の浅い私には恐らく日常生活の生命線となるでしょう。

信仰とか、哲学は人間性を高めるために
実践重視で考えたいと思います。

大和帝国という世界的な複数政体を許容する秩序に対する思索は、今後は世界の諸地域の実情にかなった理想的な政体の研究というか、比較の学問とかに昇華させていけたらいいなと思います。

学者でもないのに滑稽な話でありますね。
道楽として細々とでも続けていけたらいいなあ。


これからはカオス、優柔不断に堕するかもしれないという意味での「劇薬優国論」

劇薬憂国論は、非常識、不見識なまま
愛国路線まっしぐらの
ネトウヨ的、中二病的な内容でしたが、
恥の多い文章でございました。

政治・経済ジャンルでありながら、
ほとんど国際情勢にふれない
ノートのような記事を書いておりますが、
急がば回れとも言いますので
今後もじっくり勉強をしていきたいと思います。

さて、常識教養を身につけたいと思っていますが、
今度は優柔不断、カオスなだけの
ご都合主義的な人間になるかも知れぬという意味で
劇薬になりうると思います。

考えてみれば数えで不惑の齢です。
軸を持たなければなりません。
バランスを保つ軸です。